最終話 ちとせ寿ぐ吾が子らへ



 出立の用意を整えた菊に、主が礼を言った。
「十日間ありがとうございました。皆の顔を見ただけで、しっかりと代理の役目を果たして下さったのが良く分かりました」
 審神者の言葉に菊はどんよりと肩を落とした。
「無事に果たせたかどうかは甚だ自信がありません……ご無理を言って置いていただいたのに」
「あははは。お気になさらず。結果良ければ全て良しです。まあ、少し反省が必要な者もおりますが」
 そう言って主は笑顔で加州清光を見た。視線の受けた彼は冷や汗を垂らして目を泳がせる。帰ってきた主に早々に手入れを受けて、彼はすでに新品同様の状態に戻っていた。

 外界へと続く門の前に立ち、菊は刀剣男士たちに語りかけた。
「皆さん、ありがとうございました。私はもう帰らねばなりません。ただ、その前にあなた方に伝えたいことがあるのです。ずっと言おうと思っていて、先延ばしにしてきたことが。本当はもうこのまま帰ろうかとも思っていました……ですがやはり聞いて欲しい」
 迷いを断ち切れない様子で少し口ごもった菊。しかし決意したように顔を上げた。
「私は、本当は謝りに来たのです。時代の流れとともに、あなた方の本来のあり方を喪わせてしまいました。現在では武器を帯びた者はこの国にひとりもいません。これは私自身が望んだことでした。例え自ら手を下さなくとも、私がやったも同じです。申し訳、ありません」
 遡行軍との戦いで呼び出されなければ、今でも暗い保管庫で眠っていただろう。誰にも使われることなく、時折出されては表に飾られるだけの余生。
 淡々と現実を告げる菊の言葉に、彼らの心は一様に沈んだ。
「しかし、どんな時代になろうとも、あなた方の価値が失われることはありません。それどころか時代を経るにつれて、ますます必要とされていくでしょう。なぜならあなた方は私の、この国の辿った歴史そのものですから。新たな時代の人々に過去を見せる、それはあなた方にしかできないことです。だからこれからも決して折れずに逞しく生きて欲しい」
 そこまでを堂々とした口調で告げた菊は、急に小声になった。
「でも、本当はそんな理屈は後付けなんです。千年だっていつまでだってずっと元気でいて欲しいと願う理由は―― 私の元に生まれてきてくれた、愛しい愛しい子供たちだから。たったそれだけです」
 彼は深呼吸をして再び口を開いた。
「あなた方が苦しんでいた時に何もしてあげられなくてごめんなさい。それに、きっとこれからも寂しくて辛い思いをさせる。親なんか名乗る資格がないのはとっくの昔に分かっているんです。でも私にとってはこの平和な時代に生きる全てが、あなた方と同じくらいやっぱり大切で。だからそれがどんなに酷なことであろうとも、私はあなた方が再びその本来の目的で使われることのないように願ってしまう。そしてこれからも願いつづけるんです」
 菊は瞳を伏せた。
「こんなに酷い私をあなた方は親だなんてもう決して思ってくれないでしょう。それで構わない。ただどう思われたとしても、一言謝っておきたかったのです」
「なんとも勝手な話だな」
 そう言い放ったのは和泉守兼定だった。
「戦うために作られた俺達にこれからも飾り物をやれって言うんだろ。急に現れたと思ったら、まったく酷え『親』だよ。だから―― 責任とって今後はしょっちゅう子供の様子を見に来い。放任厳禁だぜ」
 にやりと笑って彼はそう言った。
「まあアンタにゃ悪いが、まだまだ遡行軍との戦いは終わりそうもねえ。当分はここで暴れさせてもらう。全部終わったら……詰めかけた人間に褒め称えられる隠居生活も悪くねえ。なにせ俺は格好いいからな」
「それでは身体のない我々はどうすればよろしいので?」
 小狐丸が口を挟んだ。兼定がなんとも言えない顔をする。
 ところが彼はそれを見てくすくす笑った。
「……と以前なら突ついてやったところですが、身体があろうとなかろうと関係ないのでしたね。万一、世の人々が我々を忘れたとしても菊殿が覚えていてくださいますから。千年だろうが万年だろうが」


 いざ帰るとなると、さっきまではあんなに気丈に喋っていた菊はもうだばだばと涙と鼻水を流して号泣し始めた。
 とてもじゃないが幾千年も生きてきた存在には見えない、と薬研はため息をついた。
 自分も含めて、皆すでにこの青年の正体に気付いている。
「また、来てもいいですか?あなた方のことを自慢したい友人がいるのです。『どうです、うちの子は?』って言ってやりたいのです」
 ずるずると鼻を鳴らしながら拳を握る菊。手ぬぐいで顔を拭ってやりながら、薬研はため息を吐いた。これが世に言う親馬鹿ってやつか。
「ま、自慢の息子がせいぜい親孝行してやるぜ。手のかかる親父殿よ」


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