サンタクロースは誰?
子どもたちは答える。
『赤い服、白いおヒゲのおじいさん!』
しかし、彼らがもう少し大きくなると―― たとえば、今まではただの友達だったクラスメイトに『かっこいい』だとか『かわいい』だとか、そんな淡い憧れを抱くような歳になると―― 彼らはちょっと得意げにこう耳打ちするだろう。
『赤い服、白いおヒゲのおじいさん。だけど、本当は知ってるよ。ボクの家のサンタさんはね』
そうして、はにかんだように両親のほうを振りかえる。
プレゼントを置いていってくれる赤い服のおじいさんの正体。彼らは大きくなって、『世界の秘密』を知ったのだ。
はじめて知ったときは、びっくりするだろう。ショックだって受けるかもしれない。でも、最後に心に残るのは、ふたつの気持ちだ。
なんだかちょっぴり大人になれたような良い気分と、『本当のサンタさん』へのくすぐったい慕わしさ。
赤い服も着ていないし、白いヒゲも生えていない。トナカイもいないし、空飛ぶソリも持ってない。頑張ったらエントツには入れるかもしれないけれど、そもそも家にエントツはないし。
現実のサンタクロースは、くたびれたスーツやエプロンに身を包んだどこにでもいる人たちだ。絵本に描いてあるようなサンタさんは、いない。
でも、どんな姿をしていたって、運んでくるプレゼントのあたたかさは変わらない。
だから―― 。
「大丈夫か!?」
焦った様子で差しだされた手。
とっさにつかんだサンタクロースの手のひらは、ゴツゴツとして、タコだらけで、とてもあたたかかった。
File.35 冬のどなた(Ⅰ)
「はあ……」
流れるジングル・ベルの合間に、深い深いため息。
これで六回目、と安室は頭のなかで指を折りかえした。三点リーダーがふんだんに使われていそうな、いかにもメランコリックな吐息である。儚げな美人が漏らすそれなら、まだ聴きようもあるのだが。
「今日のトウコさん、なんだかうるさ―― ごほん、ため息が多いですね」
手のひらを口元に寄せ、隣の同僚に囁く。
が、この行為、結果からいえば少々配慮が足りなかった。
梓はとりあえずぎょっと目を剥き、身を引いた。周囲に油断なく視線をやり、トウコ以外の女性客がいないことを確認してやっと、元の位置に身体を戻す。スパイ顔負けの警戒心である。
彼女は前を向いたままボソボソと口だけを動かした。
「安室さん、ああいうのはとくに危ないです。距離感もそうですが、いかにも『ふたりの秘密』みたいな雰囲気が。ガソリンスタンドに火炎ビンを投げこむがごとき危険行為です」
「ガソリンスタンドに火炎ビンを」
「たまたま誰もいなかったから良かったものの、万が一、彼女たちのネットワークにこんな情報が流出したら―― 」
差し迫った表情の梓に、安室はごくりとツバを飲みこんだ。
「焼き尽くされますよ。火の七日間です。次は私の個人アカウントだけでなく、ポアロの宣伝アカウントも標的になるかもしれません。壁に耳あり障子に目あり、おたがい接触の際は細心の注意を払いましょう」
「は、はい」
にこやかな顔でカウンターに立ちながら、ほとんど口を動かさず不穏な単語を連発する喫茶店員。この人、本当は諜報員の才能もあるんじゃないか、と思ってしまった彼だった。
そのときまた例の「はあ……」が聞こえて、梓が思い出したような顔になった。
「そういえばトウコちゃんのため息の話でしたね」
「今日はやけに多くって。お疲れなんでしょうか」
「ん?そんなの決まってるじゃないですか」
首をかしげた安室に、彼女は声をひそめて言った。
「コイですよ、コイ」
顎に人さし指をあてたまましばらく考えて、安室は言った。
「えっと、池とかで泳いでる」
「お魚のほうじゃありません!恋です、恋。『ラ』から始まって『ブ』で終わるやつ」
声をあげてしまってから、梓ははっとまわりを見まわした。さいわい、トウコも含めこちらを見ている客はいない。
恋、という単語がしばらく頭のなかで浮遊していた安室だったが、あるべき場所に着地した途端、ぶっと噴きだした。
「あはは、冗談ですよね」
「冗談じゃありませんよ。私、この前見ちゃったんです」
「見たって何を?」
梓はちらりとトウコのほうに視線をやったあと、ひどく申し訳なさそうな顔で告白した。
「トウコちゃんの日記、です」
「日記?」
「はい。覗き見する気はなかったんですけど、紅茶をお出ししたときに偶然」
これくらいのノートで、と両手の人さし指で枠をつくってみせる。
そういえば、マンションを訪れるとたまにデスクに向かって一生懸命にペンを動かしていることがある。こちらに気づくとすぐに片づけてしまうので、レポートや課題の類でないというのはわかっていたのだが。
「どんな内容だったんです?」
梓はもう一度周囲を見回してから、さきほど自分が禁止したそのままのやり方で、安室に耳打ちした。
「『十二月十日―― 』」
背が高くて、スーツが似合って、仕事ができそうで。ぶっきらぼうに見えるけれど、本当はとても優しい人。
はあ、と安室は息を吐いた。ため息というより、呆れと疲れが混ざった何かである。クリスマスと年末を目前にひかえた毎年この時期、彼のスケジュール密度は最高潮に達する。もう丸三日は寝ていない。
「いい歳して脳内はお花畑か。いいご身分だな」
自宅で年末に向けての企画書をまとめながら、彼は机に向かってブツブツ呟いた。本人がここにいれば、おおいに理不尽だと抗議しただろう。なにせ、ことあるごとに『いい歳して』という口実で、真逆の誹謗中傷を加えている彼である。
『十二月十日。背が高くて、スーツが似合って、仕事ができそうで。ぶっきらぼうに見えるけれど、本当はとても優しい人、と書かれてあったんです』
覗き見してしまった罪悪感と身近なゴシップへの好奇心で板挟みになった梓は、興奮気味にそう囁いたのだった。
「背が高くてスーツが似合って仕事ができそう、か。十日はたしかに本庁の日だったな」
彼は顎に手をあてて、ふむ、と真剣に考えこんだ。
「スーツが似合いすぎるあまり、雑踏で目を惹いてしまった可能性は否めないが……その場合、『仕事ができそう』というフレーズはきわめて不適切だな。『できそう』なんじゃない。『できる』んだ。見た目だけの男じゃないんでね」
自他ともに認める自己評価チョモランマ男は、このところ睡眠が著しく不足しているせいで、自慢のチョモランマに不具合を起こしていた。
「かなりきわどいラインではあるが、僕の可能性はなし、と」
もはやただの自意識過剰男と化した彼は、斜め上のロジックで自分を候補から外した。
気を取りなおし、作業にもどる。
とりあえず急ぎの報告書を終わらせた彼は、気分を変えようと今度はポアロのほうの宿題に移った。
与えられているミッションはクリスマス限定メニューの考案である。
「ブロッコリーをツリーに見立てて、雪がわりにシチューのクリームを……いや、野菜がメインだと受けが悪いか。去年のポアロのクリスマスの客層と、売れ筋メニューをリストアップしてそこから……」
自室であるのをいいことに、ひとりでモソモソつぶやく。
今日のうちに仕上げておかなければならない仕事があと数件は残っている。他にも年末に向けてやっておかなければならないこと、指示しておかなければならないことが山積みだった。
頭のなかに食材と部下の顔をびゅんびゅんと飛びまわらせながら、彼はしばらく考えこんだ。
考えた。
とても考えた。
長く考えたあげく、彼はとうとうイスにそっくり返って叫んだ。
「だーかーら、誰だよ!」
背が高くて、スーツが似合って、仕事ができそうで。ぶっきらぼうに見えるけれど、本当はとても優しい人。
その何度考えてもさっぱり正体がわからない。身近に正体不明の人物がいるのは思ったよりストレスフルだった。
だいたいな、と彼は金髪に手を突っこんでかき混ぜた。
歳末を目前に控えたこのクソ忙しい時期に、宿題ゼロの冬休み。気に入らない。
寝る間も惜しんで働く彼をしり目に、脳内ぬくぬくお花畑。気に入らない。
何より、トウコの分際で、恋人がサンタクロース。極めて気に入らない。
「許可なく春を呼ぶんじゃない!まだ冬だぞ!」
日本の秩序を乱すな、と彼は目を血走らせてデスクを叩いた。
彼を狂わせている犯人はまちがいなく睡眠不足だったが、その事実に気づくことすら許さないのが睡眠不足の恐ろしさだった。
「クソ、わからなさすぎて頭が痛い。情報不足が許せないのは職業病だな」
ちがう、とはっきり言ってやる人物がいないのが辛いところだった。頭痛の原因は情報不足ではなく睡眠不足である。
気に入らないから気になるのか、気になるから気に入らないのかは不明だが、とにかく気になるし、気に入らない。
ジングルジングルと窓の外からクリスマスソングが流れてくる。目の前をトウコの顔がぐるぐる回る。
おやおや安室さん、こんな謎も解けないとは。ププー。仕事だけが友達の独身アラサー男なんて所詮その程度ってことですね。
あ、私はこれから彼ぴっぴとディナーなんです。クリスマスの予定を立てなきゃならないので。
そういうわけで大変恐縮ですが、クリスマスの夜にはお仕事のお電話は控えていただけると助かります。
では私はこれにてアディオス。恋人がサンタクロース。そういうあなたはメリー・ロンリー・クリスマス。
聖夜はさみしく独り寝でどうぞ。
彼は据わった目で、前の通りでティッシュを配るサンタクロースを睨みつけた。
「公安を舐めるな」
ツッコミ不在。今回の彼の敗因である。
彼はプライドが高かった。プロ意識も高かった。
なので、件の『サンタクロース』について調べる際も、わざわざ時間を割くということは絶対にしたくなかった。
となれば方法はひとつである。
「おや、生クリームがきれていますね」
冷蔵庫を覗きながら言うと、梓がはっと振りむいた。
「すみません、買い足すの忘れてました……!クリスマスケーキのせいで減りが早くて」
「重いですから僕が行ってきますよ。雪もちらついてきましたし」
窓の外を見つつ、ウインクをひとつ決める。「助かりますう」と梓は両手を合わせて安室を拝んだ。
厳重にマフラーを巻いて外に出た安室は、人混みに紛れながら五十メートルほど前方を窺った。
トコトコと先を行くのはグレーのコートの背中。さっき店を出たばかりの標的・トウコである。
冬期休暇にはいった彼女は、普段にもましてポアロを頻繁に訪れるようになっていた。『サンタクロース』と遊ぶ時間があるくらいだ、ヒマをもて余しているのだろう。
彼女の習慣とポアロでの勤務時間をうまく利用し、『サンタクロース』をつきとめる。それが此度の計画である。
腕時計を見れば、時刻は十五時四十五分。夜まで暇なら、こんな時間に店を出たりはしない。
またここ数日、調査の仕事は頼んでいない。であれば、足の向かう先はプライベートに関連したどこかにちがいなかった。
茶色いムートンブーツがぴしゃぴしゃと融けた雪道をいく。
安室は人垣を利用し、バレないように尾行をつづけた。
トウコはどうやらバス停に向かっているようだった。買い出しの口実で出てきた以上、バスには乗れない。せめてどの方面に行くかの確認くらいは―― 。
「あーむろくんじゃァないか」
ばしん、と思いきり背中を叩かれて、安室はその場で飛びあがった。
「も、毛利先生!?」
「よう、奇遇だなあ」
振りむいた先にいたのは、はたして毛利小五郎だった。
くたびれたスーツの上に、これもまた年季の入った黒いコートを引っかけた彼は、「アアン?」とチンピラのように顔を近づけてきた。
「なんだあ、買いものかァ?」
声が大きい。頰が赤い。
そして酒臭い。
安室は慌てて道の端に毛利を引っぱりこみ、声をひそめて言った。
「さては酔っていらっしゃいますね?」
「酔ってねェー」
まさしく酔っぱらいの常套句である。
「それよりなんだ、買いものじゃねえってことは。ほほーう、この名探偵・毛利小五郎に推理してみろと?」
「いや、ポアロの買い出しで……」
「怪しげな足はこび。周囲に溶けこみつつも鋭い視線。ははーん、さては尾行だな」
こんなときだけムダに鋭い迷探偵。酔って適当に言ってるだけなのか。酔っていても鋭いのか。酔ってるから鋭いのか。この人はこの人で謎が多い。
「そうかそうか、見習い探偵・安室くんもそんなことをやってみる歳になったか。尾行ってのは地味なわりに高等技術だからな!あっはっは!」
そう思うならでかい声で言うな、と安室は膝から崩れおちたくなった。背後から「アレってもしかして毛利小五郎?」「どっちが犯人?」「あらやだイケメン」とかなんとかザワつく声が聞こえてくる。おわった。この尾行おわった。
酔った毛利は、そんなことにはまるで気づかず、したり顔で肩を組んできた。
「見ればずいぶん不安そうな顔をしてるじゃァないか。よしよし、この大先輩・毛利小五郎が尾行の仕方をレクチャーしてやる。来い」
「ちょ、毛利先生。どこ行くんですか!?」
「二軒目」
なんのレクチャーですか、と叫ぶも虚しく酔っぱらいの馬鹿力で引きずられていく。
そのあと駆けつけた蘭のおかげで何とか事なきをえた安室だったが、尾行は失敗、手に入ったのは生クリームだけという結果に終わった。
梓には遠回しに『帰りが遅い』と叱られた。
翌日、ふたたび尾行の機会を得た。
「安室さん、持ち帰り用のオードブルを注文された二丁目の中川さんなんですけど、急にお車の調子が悪くなってしまったらしくて」
電話を保留にして、困った顔で振りむく梓。ここぞとばかりに安室は笑顔で答えた。
「ご安心ください。完成次第、僕がご自宅までお持ちします。そうですね……」
客席で読書中のトウコをちらりと横目で確認する。
「十六時ごろまでにはお届けできるかと」
一時間後、安室は電話の宣言どおりにポアロを出発した。
オードブルのお重を手に、早足で歩いて雑踏にまぎれる。
前方にはグレーのコートの後ろ姿。安室よりも少し先に店を出たトウコである。
読んでいた本の残ページ数を目分量ではかり、完読までの時間を予測する。それに合わせて調理スピードを調整すれば、こういう荒技も不可能ではない。
条件は前回とほぼ同じ。今度こそ尻尾をつかんでみせる。
気配を殺してあとをつける。
すっきり晴れた小春日和、皆ここぞとばかりに行楽に繰りだしている。人垣はそれなりに厚い。クリスマスがほど近いせいか、大きな手荷物を持った者もちらほらいて、オードブルが入ったビニール袋はかえってカモフラージュにひと役買っていた。
標的は今日もやはりバス停に向かっているようだった。
前回、毛利に捕まった交差点も今度は無事に通りすぎて、彼はようやくバス待ちしているトウコを視界にとらえた。
しばらくしてやってきたのは市営バス。
系統はさいわい、二丁目の中川邸と同方向だった。さすがに同じバスには乗れないので、彼はすこし離れたところでタクシーをとめた。
「すみません、前のバスを追ってもらえますか? お客さまにお渡しするのを忘れてしまいまして」
苦笑してオードブルを掲げてみせる。しかし、タクシーの運転手はそれには答えず、前を向いたままぼそりと言った。
「この道走って三十年、ついにこの日がやって来たようだな」
「この日……?」
ルームミラーに映ったドライバーの視線が、きゅぴん、と安室を射抜いた。
「お客さん、刑事さんだろ。犯人追跡中の」
え、と固まった安室に、中年のドライバーがにやりとする。
「これでも長えことハンドル握ってるからよ、職業くらいひと目でわかる。その誤魔化しきれねえリクルート顔、さてはなりたてホヤホヤの新米だな?はじめての事件ってわけか。いいぜ、ここはオイちゃんに任せておきな!」
「いや、僕はごく普通の喫茶店員で―― 」
「隠さなくたって誰にも言いやしねえよ。くたびれちゃいるが俺だってプロのタクドラだい!秘密は守るし、車も見失わねえ。このハンドルにかけてな!」
「ちが、いや、その」
ドライバーはそんな安室の肩を叩いて、いい笑顔で親指を立てた。
「正直に言うとな、退職までに一回はやってみたかったのよ。こういうの。じゃあ、しっかりつかまっててくんな!飛ばすぜェ!」
「あ、安全運転!安全運転でお願いします!」
そしてだいたい十分後。安室はとある路地に立っていた。
去っていくタクシーのバックミラーに運転手のサムズアップが映る。
頑張れよ、刑事のたまご。
この道走って三十年のプロフェッショナルは、普通に安全運転だった。
「たまごっていうかハムのほうなんだけどな……あ、これサンドイッチの話です」
さて、ふたたび尾行を開始した彼だったが、降車位置の関係で、ターゲットとの間隔が少々つまってしまっていた。表通りにくらべ人の数が少ないため、近づきすぎるとバレてしまう。
とりあえず手近な曲がり角で立ち止まった彼は、ブロック塀の陰に身を隠し、前方を窺った。少し先にグレーのコートの背中が見える。
こういうときは思いきって―― 。
「泳がせる!」
「そして、犯人が油断したところを!」
「ゲットだぜ!」
腹の下あたりから元気な声が聞こえた。
聞こえてしまった。
おそるおそる脇の下を見れば、小さな頭がいち、に、さん。
安室とまったく同じポーズでブロック塀に張りついていた彼らは、安室を見上げてニカッと顔を輝かせた。
「こんにちは、安室さん!」
口元が引きつりそうになるのを抑えながら、彼はかろうじて笑顔を保って問いかけた。
「こ、こんなところで何してるのかな。歩美ちゃん、光彦くん、元太くん」
「何って決まってるじゃないですか!」
名前を呼ばれた小学生たちは、よくぞ聞いてくれたとばかりに安室の前に立ち並んだ。
「街の平和を守るため!」
「あらゆるナゾをときあかす!」
「その名もわれら―― 」
三人でポーズを決める。
「少年探偵団!」
です!と光彦が語尾をくっつけた。
彼は膝から崩れおちたくなった。おわった。この尾行おわった。
「こまめなパトロール、どうもありがとう……」
「あっ今、子どもだと思ってバカにしたでしょ。違うよ、さっきまでちゃんと事件を追ってたんだもん!」
「事件?」
歩美が発した単語に、彼は条件反射的に表情を引き締めた。
「はい。そこの空き地で遊んでいたところ、車を降りる怪しい人影を目撃したんです」
「マフラーで半分くらい顔をかくした、背の高いおっさんだった」
「コソコソかくれるみたいに歩いて、ときどき変なひとりごとも……私たちのほかには誰もいなかったから、追いかけなきゃって思って」
子どもたちが口々に証言をする。彼は身を屈めて、彼らの肩に手を置いた。
「そうか、よくおしえてくれたね。警察には僕から通報しておくから、君たちは早く家に帰ったほうがいい」
「ダメ!」
三人が口をそろえて叫んだ。
「ダメです、安室さん!真実は最後まで―― 」
「駄目だ」
彼は強い声で子どもたちをたしなめた。
「君たちはまだ子どもなんだ。いくら探偵団だからって、危ないマネはさせられない。今日は帰りなさい」
「そんな……」
呆然と肩を落とす子どもたちを前に、安室は口調を和らげた。
「ここまで追ってきたんだ、気持ちはわかるよ。でもね、君たちに何かあれば、悲しむ人たちがいるんじゃないかい。大丈夫、君たちの勇気はムダにしないから」
その途端、なぜか子どもたちはぶわっと目を潤ませた。
「やだ、行かないでよう!」
「早まっちゃダメです!」
「逮捕されたらウマいもん食えなくなっちまうんだぞ!」
「大丈夫、そんなヘマはしな―― ん?」
たっぷり数秒、安室は停止した。
「逮捕?」
「そうですよう!自首したら逮捕されちゃうんだって前に毛利探偵が」
「自首?」
「だって警察に通報するって!」
「誰が誰を?」
子どもたちは口を揃えた。
「安室さんが安室さんを!」
ひゅうう、と北風が吹きとおっていった。
不幸なことに、彼は頭の回転がひどく速かった。ぱちんぱちんと音を立てて、パズルのピースが勝手に組みあがっていく。
これまでの会話で証言された『怪しい男』の特徴とは―― 車から降りてきて、コソコソ隠れて歩き、ときどきひとりごとを言う、マフラーを巻いた背の高い“おっさん”。
おっさんおっさんおっさん―― 。
たどりついた真実に、彼は静かに膝から崩れおちた。諸君らが愛してくれた『安室のお兄ちゃん』は死んだ。なぜだ。
「二十九歳だからさ……」
『不審者だと思って追いかけてみたら安室さんだった』というこの誤認逮捕事件について、ちびポリスたちは『ついワクワクなってやった』『怪しければ誰でもよかった』『(心を)殺すつもりはなかった』などと供述したが、見間違いだったことを力説されればされるほど、彼の心はやすらかに死んでいった。三十路の心は傷つきやすい。
オードブルを届けてトボトボ帰ると、何かを察したらしい梓に「まあ、いろいろありますよね。いろいろ」と生温かい微笑みを向けられた。