さく。さく。さく。

 さく。

 最後の段差を上がり、足を止めると、視界は一面の銀世界だった。公園の広場からは人も遊具も消え、あたりは真っ白に染めつくされている。

 雪をかぶった立派な大松の向こうに、白く輝く社が見えた。幼いあの日とまったく同じ景色に、ようやくあちらにたどり着いたのだとわかった。

 崩れ落ちるようにして、木の根元にもたれかかる。

 身体はすでに血でしとどに濡れていた。もうじきに流れる血すらなくなるだろう。

 息の白さが消えるほど凍えているのに、なぜか少しも寒くなかった。浅い息を吐きながら、抱え寄せた太刀に話しかけた。

「やっと思い出したの」

 どくん、と手のひらに脈動を感じる。

「鶴丸さんは待って待って私に出会って、それからまた千年も一人で待って、それでも私を忘れずに戻って来てくれたんだね。ごめんね。ずっと忘れていてごめんね。覚えていてくれてありがとう」

 お守りはもうすっかり塵になっていた。もろもろと風に溶け消えるそれを追うように、私の身体もまた刻一刻と拍動を弱めていた。

 言いたいことがあった。言わなければならないことがあった。

「私、どうしても約束を守りたい。あの日、あなたとした約束。だから」

 それは、何があろうとこれまで彼が一度も問わなかったもの―― 他の誰でもない私自身のために、血を吐いても問うまいとしつづけたものだった。

 もう知っている。もうわかっている。私を人として生かすために、彼は耐え続けてきた。

 だが、それも今日で終わりだ。

 千年の沈黙が破られる。

「だから、今日こそ私の名前を訊いてくれますか」

 耐えかねたように、請うように、誘うように鍔が鳴った。

 それは、この世で最も甘美な呼び声だった。呼ばれるまま、私は応えた。

「私の名前はね――

 唇からこぼれた息は、人の名の形を取って、白い世界に溶けていった。最後の命の欠片を失って、私の身体は崩折れた。

 もう寂しくないからね。

 百年でも千年でも、これからはずっと一緒に。

 私は、生まれてから一番幸せな気持ちで笑って、目を閉じた。

「ただいま、鶴丸さん」

 ◇◇◇

 雪が静かに舞い降りてくる。

 死を目前にした身体の底に、今までとは違う力がわずかに湧き上がるのを感じた。刀に灯り始めた小さな光がまぶたの向こうに見える。

 気づけば唄っていた。

 とおりゃんせ。とおりゃんせ。


 唄声がすうっと雪に吸い込まれていった。


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