小話

鳥の唄


「そこの自転車止まりなさい!」

 鶴丸さんとの初ショッピングの帰り道、森林公園に入ろうとした私たちのすぐ後ろで、ピピーッと警笛の音がした。「なんだなんだ」と目を丸くしている鶴丸さんを促して、急ぎ自転車を降りる。

 立っていたのは、案の定、二人組の男性警察官だった。

「何で止められたか、分かってるよね?」

 近づいてきた年かさの方の警官が、眉間に皺を寄せて自転車を指差した。

「二人乗り。場合によっては罰則もあるんだけど」

 しまった、田舎だと思って油断した。まさかこんなところに潜んでいたとは。

 ニケツ程度で罰金を食らったりしないことぐらい知っているが、こんな寒空の下、お説教は勘弁願いたい。特に、この人なんだか虫の居所が悪そうだし。

「ねえ、聞いてます?」

 苛立ったように繰り返すおじさん警官に、自分のルール違反を棚に上げてだんだん面倒くさくなってきた。

 やれやれ、早めに非を認めた方が良さそうだ。

 反省の言葉を口にしようとした時、さっと目の前に出た白い影があった。鶴丸さんだ。

「鶴丸さん、ここは私が」

 私の判断で二人乗りしたんだから、私が叱られて然るべき、そう言いかけた時、彼の唇が淀みなく動いた。

それはどこか知らない国の言葉だった。

 聞いたことのない言葉に、頭の中でハテナマークが飛んだ。私だけではない。話しかけられた張本人である警官もきょとんとした顔をしている。

 子供に言い含めるように、不思議な響きの言葉を繰り返す鶴丸さんは知らない人に見えた。

 見惚れていると、脇を小突かれて目配せをされた。

「か、彼は日本に来たばかりで日本のルールを良く知らなかったそうです!だから許して欲しいと申しております!はい!」

 聞き取れすらしない言語を超・意訳して伝えると、示し合わせたように鶴丸さんが微笑んだ。天使のような美しい笑みを向けられて、若い方の警官がポッと頬を赤らめた。恐ろしい。

 銀髪金眼という日本人離れどころか、人間離れさえした容姿の男を前にたじたじとなった老警官は「そういうことなら致し方無い」と侍の捨て台詞のような言葉を吐いた後、メロメロになってしまった後輩を引きずって、あっという間に去っていった。

「行っちゃった」

「警吏というのはいつの時代も大変だな」

 ミステリアスな雰囲気はどこへやら、鶴丸さんは流暢な日本語で感想を述べた。

「鶴丸さん、あの……」

「なんだ?」

 聞こうか聞くまいか迷う。これは彼との境界線を侵犯する問いなのではないだろうか。

 だが、好奇心に負けて今回だけは訊いてみることにした。

「さっきの言葉って、もしかして鶴丸さんの故郷の言葉ですか」

 金色の瞳がこちらを向き、私の目を覗き込んできた。不思議な色を帯びて匂い立ってきた淡いはちみつ色に、心臓がひとつだけトクン、と鳴った。もしかすると、彼の本当の姿を知ることができるかもしれない。

 公園の木が、冬の風にざわざわと揺れる。しばらくの沈黙の後、鶴丸さんはこう言った。

「いや、全然違うんだが」

「違うんですか!?」

 あっさりと言い放った鶴丸さんに、私はズッコケそうになった。

「言っておくが、俺の生まれはこの国だぜ」

「うそ!そんな見た目なのに?」

「そんな見た目で悪かったな。仲間内ではもっと派手な奴がいくらでもいる。桃色の髪とか」

 鶴丸さんのお友達にはパンクな御方が多いらしい。

「じゃあ、さっきのは何だったんですか」

「教育番組でちらっと見た。西洋の文化も面白そうだと思ってな」

「なんだァ……」

「さて、帰ろうじゃないか家主殿」

 彼は行きと同じように、荷台に座ってぽんとサドルを叩いた。

「ちなみに、なんて意味だったんですか。アレ」

「さあな」

 自転車にまたがると、背中越しに再び歌うような声が聞こえた。やはり意味はわからない。

「どんな音色でさえずろうとも、君に語る言葉はひとつさ」


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