―― あらゆる者が恋い焦がれ、求め彷徨うも、いまだ手にした者はなし。
どうだ、聞くだけでわくわくしてきただろ?
海が好きなやつは、ひとり残らず冒険が好きなんだ。
島を越えて、海を越えて、辿りついた向こう側にはいったい何があるんだろうな。
Shanks
01 海からの手紙
ブーン、ブーンと耳慣れた振動音がフローリングを震わせた。脳内を占領していたふわふわの空想は、無粋なBGMによって、ひと息に吹きとばされてしまう。
手紙を放りだした手で、慌てて電話を拾いあげた。メールの受信画面に表示されていたのは、上京以来会っていない友人の名前だった。
『おひさしぶり、そろそろ仕事も落ちついたころかな。たまにはこっちに戻っておいでよ。会いたいな。もう夏休みなんでしょ』
中校時代の親友は時間の隔たりを感じさせない気安さで、私の近況を言いあててきた。
仕事のことはまだ誰にも伝えていないはずなのに、いったいどこで聞いたのだろう。「夏休み」という言葉が出てきたところをみると、就職先まで筒抜けらしい。
生まれ故郷を離れて都会の大学に進学、そのまま今年の春に高校教師として働きはじめた。生徒ほども休めないけれど、世間一般に比べれば夏休みの恩恵にあずかりやすい職業である。
春に移り住んだワンルームは新任の安月給に見合って、狭く、古くさい。
部屋の隅には、引越のときに持ちこんだダンボール箱がいまだにうず高く積まれている。慣れない仕事に休む間もなく働いてきたこの三ヶ月。夏休みに入ってようやく落ちつき、片付けに手をつけたものの、進捗は思わしくない。
卒業アルバムやら学祭の衣装やら、次から次へと出てくる思い出の品。そのひとつひとつに手を止めてしまうのは、きっと私だけじゃない。
さっき床の上に放りだした便箋に視線をやった。
そう、たとえばあれなんて。
ブーン、とふたたび電話が震えた。あいかわらず返信が早い。
『来週の日曜日なら空いているんだけど、イチルの予定はどう?』
『大丈夫。久しぶりにそっちへ帰るよ』
荷物の下敷きになっていた手帳を引っ張りだして、予定を確認する。忘れないうちに返事を送って、ベッドにぽんと電話を投げた。
本当のことを言うと、携帯電話はそれほど好きじゃない。
便利なのはたしかだが、どんなに遠く離れていても簡単に連絡が取れてしまうなんて、なんだか情緒がない気がするのだ。
すぐに書いて送れるからこそ、相手も自分もすぐに返ってくることを期待しているし、また送られた側もそうしなければいけないような気持ちになる。デジタルなものが発達するのに比例して、どんどん短くなるコミュニケーションの間隔。光の速さで往復する文字や言葉に、いつか追いつけなくなる日がくる。そんなふうに思えてならない。
めぐるましく上下する世界情勢も株価も流行も、私には少し速すぎる。
床に寝転がって、天井を見上げた。
電気代の節約のため、クーラーはつけていない。部屋の中を通っていくのは、窓から入りこんだ蒸し暑い空気だけだ。汗ばんだ腕や膝裏をぺたりと床につけてようやく、少し涼しくなったような気がした。
ベッドの上で電話の震える音がしたが、身体が起こすのが面倒で、そのまま放っておいた。
ときどき、昔のゆるやかなコミュニケーションが恋しくなる。
赤いポストに手紙を放りこんで、無事に届くことを祈る。数日経つと、今度は返事が待ちどおしい。家に郵便屋さんが来るたびに、走っていって確認する。そうして何日も何週間も、ときには何ヶ月も待って、もう返ってこないんだ、と諦めたころ、家のポストに手紙を見つけたときの気持ちといったら。
もう一度だけでいい。あの懐かしい感情を、また味わってみたい。
「といいつつも、実際はね……」
急ぎの返事が何ヶ月も返ってこなかったら、待ちどおしいのを通りこしてやっぱりイライラするだろうし、いざ手紙を直筆するとなっても、怠惰な私はそれはそれで面倒くさくなって携帯電話のお世話になるにちがいないから、現実はそうロマンチックじゃない。結局、筆不精なのである。
でも、そんな私にだって特別なものはあったのだ。
あいた両手で手紙を拾いあげると、しょっぱい海のにおいが鼻をくすぐった。同じ海でも故郷の漁港とはすこし違う、子供の時から夢見てならない、はるか遠い海のにおいだ。
日焼けしてかさついた羊皮紙をそっと開くと、異国の文字を綴ったインクが顔を覗かせた。
その途端、眼前に広がったのは不思議な冒険の世界。
何年経とうとも色あせないそれに、私はふたたび心をゆだねた。
私がはじめて彼に手紙を書いたのは、中学二年生の、うだるように暑い夏の日だった。
珍しく部活動が昼までだったので、私は数人の同級生と一緒に学校の裏の喫茶店に寄った。
みかん味のガリガリくんをかじりながら、「ヤマケンが柿本さんに告白したらしい」だの「駅前にスタバっぽいお店ができた」だの定例のどうでもいい情報交換を終えて解散したあと、私はひとり自転車に乗って裏の坂道をくだった。
道の両脇に生い茂った木々が真夏の太陽に照らしつけられて、アスファルトに濃い影をつくっていた。ゴムのタイヤが溶けて張りついてしまいそうな熱い地面の上を、勢いよく転がりおりていく。しばらくいくと影が途切れて、突然片側がひらけた。
白いガードレールの向こうに、海が見えた。
日ざしが海面に反射してチカチカとまぶしい。幼い頃から慣れ親しんだ群青色の小さな海は、いつもと変わらずおだやかだった。
入道雲がのっそりと動き、光が少しだけ弱くなった。海のにおいをまとった風が、汗ばんだ首元を涼しく通りすぎていって、私はとてもいい気分になった。
ちょっと降りてみようかな。
ハンドルをきりかえして、側道に入ると、海はもう目の前だった。
自転車から降りて、ビーチというにはいささか華やかさが足りない砂浜を歩いていく。浜辺の向こうのほうにちらほらと海水浴客らしい人影が見えた。辺鄙な海だから、数はそう多くないものの、普段に比べればずいぶんとにぎやかだった。ビーチバレーに興じる地元民らしい海パン一丁の集団。浮き輪で漂うカップル。
右手に母親、左手に父親、両手を繋いで歩いていく、幼稚園児ぐらいの、子供。
ひさしぶりに砂遊びでもしてやろうかと意気込んでいたのに、それを見た途端、急にどうしようもない気持ちになった。思い描いていた砂の城も憂鬱なブルーの波によって、すっかり溶けて崩れてしまう。
おばあちゃんがいるからさみしくなんてない。それどころか、めいいっぱい愛情を注いで何不自由なく育ててくれている。正直、お父さんとお母さんの顔だってよくは覚えていないのだ。
とぼとぼと岩場のほうへ歩いていきながら、私は自分をなぐさめた。
岩場の奥に進み、いびつなハート型の岩に腰かけると、大きな岩にさえぎられて、ちょうど砂浜からも道路からも隠された格好になった。
こちらから見えるのは青い海だけ。中学生になってからはあまり来る機会がなかったが、ここは幼いころ、私の秘密基地だった。
腹が立つとき、さみしいとき、悲しいときはいつもここに来て、海の音を聞いた。
靴を脱いで、足首を海に浸してみた。昔は足りなかったつま先も、今はかんたんに海面に届く。
私も成長したんだなあ、と感慨深く思いながら、足先でぬるい海水をかき混ぜていると、かかとに何かが硬いものが触れた。つま先でなでてみると、つるりと冷たい不思議な感触。
岩から身を乗りだしてのぞきこむと、ハート岩の側面の、水面ぎりぎりの場所に大きな穴があった。そして、その奥にはまりこむようにして何か四角くて白いものが見えた。
なんだろう。あんなものがあるなんて今まで気づかなかった。
いっぱいいっぱいに指先をのばしてみるが、あとちょっとが届かない。
どうせ部活のジャージは汗まみれ、いまさらどうってことない、と思いきって海に飛びこんだ。岩場の水は意外と深く、足はつかなかったが、港町の人間だけあって泳ぎは不得手ではない。
水をかいて海の上に顔を出すと、目の前にあの白い物体があった。
穴、というより大きなくぼみといったほうが良さそうなそこは、奥のほうが尻あがりになっているらしく、その白い何かも海水に浸ってはいなかった。
危ないものではなさそうだと判断して、岩の上に持ってあがった。
それは、両手からすこしはみ出すくらいの、四角い陶器の宝石箱だった。
いまはすっかり剥げてしまっているものの、白い表面のところどころに金や青の模様が見てとれた。元は豪華な装飾がほどこされていたのだろう。アンティークにくわしくない私にも、とても古くて高価なものだということは理解できた。
しっかりとした陶器であるために、箱自体が重くて中身の有無はわからない。
入っているとしたら、いったいなんだろう。綺麗な貝殻、指輪、宝石。想像するだけでワクワクしてしまう。
海水が飛び散る場所にあったのに、何の素材でできているのか、蝶番はすこしも錆びていなかった。分厚いフタに指をかけると、思ったとおりたやすく開いた。
中身はカラッポだった。
当然だ。大事なものをこんなところに置いておくわけがない。わかっているのに、ひどくがっかりした。
ほかにめぼしいものはところはないかと観察したところ、フタの裏に金文字が刻まれているのに気づいた。
内側で守られていたせいか、外の装飾とは違ってくっきりと残っている。英語ではないし、もちろん日本語でもない。イメージで言えば中東のほうで使われていそうな形の文字だ。箱自体は西洋っぽい外見なのに、どうもちぐはぐな取りあわせである。
宝石箱のようだから、“サラへ、愛をこめて”とか“愛する人に贈る”とかそんな感じのことが書かれているんだろう。
ざばん、と波が大岩に打ちよせ、砕かれた飛沫の冷たさに時刻を思いだした。すでに夕日は半分以上、水平線の向こうに沈んでいた。
早く帰らないとおばあちゃんが心配する。
後ろ髪を引かれつつも元の場所に箱を戻して、私は家路に着いた。
次の日の夕方、私は家を抜けだして、ふたたび砂浜へ行った。
自分でもよくわからないが、あの宝石箱が気になって仕方がなかったのだ。
日が落ちて薄暗くなりはじめた浜辺をひとり降りていく。
岩場へ行った私は、昨日と同じように宝石箱を手にとった。残照で赤く染まった陶器を眺めていると、心がざわざわとして、なんだか落ちつかない気持ちになってくる。
ところが、フタを開けてみると、昨日とはすこし様子が違っていた。
「なんだろ、これ」
宝石箱の底に、紙切れがへばりついている。
中に入っていたのは、小さなメモだった。文字を上にして箱の内側に収まっている。昨日はたしかにカラッポだった。何度も確認したから間違いない。
紙はごわついてざらざらとしていたが、決して古いものではなかった。
ごくりと喉が鳴った。
昨日私が帰ってから、今日ここに戻ってくるまでに、誰かがこれを入れたのだ。
見たところ、書かれているのはどうやら英語らしかった。陽が落ちはじめて暗いうえ、筆記体で記されていたため、内容はまったく読みとれなかった。
見知らぬ相手に対するおそろしさ。人の物を勝手に読んではいけないという戒め。そういったものたちが、むくむく湧きあがる好奇心を、上から押さえつけようとした。
しかし結局、私の手がメモを離すことはなかった。
握りしめたものをそのままカバンの内ポケットに放りこんだ私は、盗みをはたらいたネコのようにそそくさとその場を立ち去ったのである。