04 Mr.
「返事っ、ありがとう!シャンクスさん!」
手紙を読み終わって、私はイスの上で躍り上がった。
手には一通の手紙。もはや単なるメモではなく、封筒に入れられ、しっかりと封のなされた正真正銘の手紙だった。
私の送ったものは、手紙といえるほどちゃんとしたものではなかったというのに。
手紙を宝石箱に入れてから約1ヶ月。
出した頃には期待半分、諦め半分だった気持ちも、最近ではほとんど諦めに傾いていた。まさか本当に返ってくるなんて。それも、とても友好的な内容で。
前のメモとは違って、整った字で書かれていたし、文法も明快だった。ものすごく時間はかかったが、辞書を使えば7、8割は理解できた。文通作戦は見事に成功したというわけだ。
「イチル」というアルファベットが並んだ封筒の宛名書きをなぞる。これは私宛ての手紙。私だけのもの。手紙をもらってこんなに嬉しいなんて、生まれてはじめてだ。
手紙を抱きしめて背中からベッドにダイブし、そのまま布団の上をごろごろと転がった。
「ああ、嬉しいなあ!」
喜びを噛みしめていると、突然部屋のドアをノックする音が聞こえたので、私はどきっとして動きを止めた。この家の住人は2人だけだ。となると、ドアの向こうにいるのは必然的に。
「おばあちゃん?」
「イチル、入ってもいいかい」
そう言ってドアを開けようとするので、「ストップ!ちょっと待って!」と慌てて手紙を教科書の下に滑りこませた。
いいよ、と言うと、ドアの隙間からおばあちゃんの顔が覗いた。
「さっきからドタバタしてるけど、何かあったの」
「なんにも!なんにもないよ、おばあちゃん!」
「そう、だったらいいけどね。夕飯の支度ができたよ」
そう言って、彼女は再び廊下を戻っていった。
あぶなかった。
おばあちゃんは私の行動にあれこれ口を出したりしないが、正体不明の相手に手紙を書いていると知ったら、さすがに心配させてしまう。
「それにシャンクスさんは、男の人で間違いなさそうだしね。Mr.で正解だった」
ベッドの下から手紙を引っ張りだして、もう一度開き直した。
私の理解が正しければ、彼は船乗りらしい。この町は漁港だから、十分ありえる話だ。ただ、外国人の漁師がいるなんて話は聞いたことがないが。
「“中学校”が通じないって、どこの出身なんだろう」
日本に滞在しているのなら、普通は知っているのでは?
と、ところどころ気になる点はあるものの、余計な詮索はやめておくことにした。事情は人それぞれだ。くだらないことで、この人との関係を壊したくない。
「どんな返事を書こう? 仕事をしてるなら、あんまり頻繁なのも迷惑だよね。ちょっとだけ間隔を空けて返すのがいいかな」
書きたいことはいくらでもある。自分のこと、おばあちゃんのこと、友達のこと。もちろん、シャンクスへの質問もたくさん。
だが、何もかも書いていては便箋が何枚あっても足りないし、それだけの英文を作るには途方もない時間がかかるだろう。内容は厳選しなくてはならなかった。
加えて、次の手紙では「海兵の報告書」みたいだと指摘された文章のお堅さも直したい。こう見えて授業は真面目に聞いているので、英語の成績は悪くない。テストで良い点を取っているはずの私が、フランクな手紙ひとつまともに書けないのはなんとも悲しい話である。
こうなると頼りになるのはマリだ。
だが、マリに添削をお願いするとしても、これ以上”英語の勉強”で押し通すのは無理がある。ちゃんとした指導を受けるなら少なくとも手紙を書いていることは白状しなければならない。
問題は、知らない男の人と文通している、というその一点だ。
「マリにならいっそのこと、全部打ち開けちゃってもいいんだけどな」
マリは一番の親友だし、人に秘密を言いふらしたりするような子じゃないことも良く知っている。
「でも、やっぱり……」
私は、その考えを小さく畳んで心のポケットにしまった。
これはやっぱり、私だけの秘密だ。
当時の私の心情は、しばしば「鶴の恩返し」を例にして語られるアレと似たようなものだったのだと思う。
神秘性、もしくはその効力は秘密によって保たれる。「見るなのタブー」ともいう。開けてしまえば魔法は解けて、元の姿に戻ってしまうのだ。そんな話は古今東西いくらでもある。
人に教えてしまえば、もう手紙の返事は返ってこないんじゃないか。
お互いに顔も所在も知らないささやかな関係だ。ふとしたことで崩れてしまうかもしれない。失いたくなければ、欲をかいてはいけない、好奇心に負けてはいけない。
自分に言い聞かせた私は、別の手段を考えることにした。
届いた手紙をそのまま見せるのはもちろんダメ。ひとつひとつ考えていくと、今まで通り自分で調べながら書いてみて、どうしても分からないところだけ書き出して訊くのが一番よいという結論に至った。
「海兵隊といえば米国のが有名だよね。“人種のるつぼ”らしいし、シャンクスが向こうの人である可能性は十分ある。よし、ニューヨークに親戚がいることにしよう。おじさんの奥さんの弟とか」
追求された時の言い訳も合わせて考えつつ、私はふたたび手紙の構想を練る作業に戻った。