05 春は砂浜の上で
手紙の交流は、それから何年も続いた。
シャンクスと文通するようになってから、私の英作文はシャンクスとマリの両方の添削を受けたことにより、驚くくらい流暢でこなれたものになった。英作文の提出物に関してはネイティブの先生も舌を巻く出来で、英語の通知簿にはいつも一番良い点数をつけてくれた。もちろん書くばかりで聞く方面、話す方面はてんでダメだったのだが。
ちなみにシャンクスの英語(もちろん手紙から一部抜粋したもの)はマリに言わせればスラングだらけであまり上品なものではないとのことだった。「イチルが彼の言葉遣いを覚えてしまわないか心配。女の子は絶対にマネしちゃだめだからね」と、口を酸っぱくして言い聞かされたのを今でも良く覚えている。
良いことは他にもあった。
他の教科の授業にもますます身を入れて聞くようになったため、全体的に成績が伸びたのだ。というのも、彼が毎回私の国のことを熱心に聞きたがるので、授業を聞いて知識を増やす必要があったからだ。元々得意だった社会は資料集の隅々まで読み尽くしたし、苦手な理科や数学も、シャンクスにいろいろなことを説明するため、と思えば苦痛ではなくなった。
それなりの大学に進学できたのも、そこで歴史や言語を学んだのも、すべてはここが原点である。
手の届くことはなんだって勉強した。彼に私の国のことを伝えるために、また彼の話を理解するために。
ただし、シャンクスの話を理解するという点においては、学校の授業はまったく役に立たなかった。彼の語る島も国も生き物も、教科書の中には一行たりとも登場しなかったから。
最初のやり取りだけが例外で、基本的にシャンクスの手紙は数週間から、長い時で数ヶ月の間隔をおいて戻ってきた。勝手に近海の漁師だと思い込んでいたが、どうやらそもそも漁師ではないらしい。
貿易か、その他か、どんな目的で海を渡っているのかは知らないが、長い航海の途中に、この町に寄港しているのだろう。きっと手紙はその時に読んでくれているのだ。
謎は山程あったが、難しいことを考えるのは途中でやめた。
シャンクスの船を見つけられるかもしれないと、頻繁に港を覗いた時期もあった。しかし、結局それらしい船は見あたらなかったし、漁港のおじさんにも尋ねてみても、結果は同様だった。
彼の寄こす手紙の内容の大半は彼の経験した冒険についてのものだった。
いくら読んでも少しも飽きず、次の手紙が届くまで、私は同じ手紙を何度も何度も読み返した。田舎の漁港は嫌いじゃななかったが、見知らぬ世界へのあこがれは尽きることを知らなかった。
春は誰もいない砂浜で、夏はハート岩の上で、秋は海の見える喫茶店で、冬は暖かいベッドの中で。
どこにいてもシャンクスは私を冒険に連れだしてくれた。
彼の話に出てくるのは、虹色のウロコを持った魚やヴァイオリンの音色で鳴く虫など驚くものばかり。木も土も何もかもが真っ白な町や、雲の上にある島というのも登場した。
時には雄弁に、時には少年らしくたどたどしく、海水で滲んだインクが冒険の仔細を綴った。
文をひとつ読み進める度に、狭い四畳半の部屋は秘密の洞窟に、駅前のショッピングモールは異国のバザールに、そし近所の小さな海は、大渦や竜やもっと想像もつかないようなものでいっぱいの大海に変わった。
今となっては、“シャンクス”の正体にはなんとなく想像がつく。いや、当時だって本当は分かっていたのかもしれない。
けれど話の真偽なんてどうでも良かったのだ。“シャンクス”が誰かが演じる架空の人物であったとしても。その話が口から出まかせの嘘っぱちであろうとも。
シャンクス、不思議の海の住人。
当時の私にはそれで十分だった。
読んでいるだけで楽しく、ワクワクした気持ちに満たされる。
海の匂いをまとった手紙は、何にも勝る宝物でありつづけた。