「はい、座って座って!授業を始めます!」
古い長机をガタガタ鳴らして走り回っていた子供たちが、「はあい」と声を揃えてイスに座った。イスと言ってもまともな形のものはひとつもなく、ペンキで塗られた木箱や薄汚れたダンボールが並んでいるだけである。中には丸めた船の帆に腰を下ろした子供もいた。
納屋の屋根には大穴が開いており、そこから太陽の光が差し込んでいる。これのおかげで明かりがなくても授業ができる。
目の前に肩を並べて座るのは褐色の肌の子供たち。うっすらとピンクがかった金髪が、光を受けてますます不思議な色を見せていた。
「せんせー、今日も書き取り?もっと別の勉強がいいなあ」
「アタシ、もう覚えちゃったから、早く次にいこうよう」
後ろの席のファノとリマナナが揃って口を尖らせた。表情は日本の子どもと変わらないのに、言っていることはまるっきり正反対である。
この島では子供は10歳になれば仕事を始めるのが一般的だ。そうなれば、勉強に時間を割くことはできなくなる。事実、住人の中で読み書きをできる人間はごくわずかだった。
彼らは幼いながらも、知識を得られることのありがたみを知っている。
手前を見ると、最年少のミハンが心細そうな顔をしていた。授業についていけるか不安なのだろう。ミハンは書き取りが苦手で、何回教えてもPを反対向きに書いてしまう。
ファノたちの要望に応えてやりたい気持ちはあるが、脱落者を出すような進め方はできない。
「じゃあ、授業は昨日の続きで進むけど、ファノとリマナナには今日はちょっとだけ難しい宿題をだそう。それでいい?」
二人は尖った口のまま、大きく頷いた。膨らんだほっぺたが小動物のようでとても可愛い。高校じゃなくて小学校の先生を選んでも良かったかな、と子供たちの顔を見ながら考える。
村の外れのささやかな小学校。ノートは大きな葉っぱで、鉛筆は炭クズ。
始礼のチャイム代わりに錆びた鉄棒をカチィンと打ち合わせ、私は授業を開始した。
08 in the Strange World(Ⅰ)
「ただいま帰りました」
重たい木のドアを押し開けると、部屋の中から「ふぬ」とくぐもった声が聞こえた。声というよりも鼻息と言った方が正しいかもしれないそれは、彼なりの迎えの挨拶だった。
本棚の間をすり抜けるようにして薄暗い部屋を進むと、予想通り、部屋の主は今日も本の山にうずもれていた。
「子どもたちは今日もお利口でした、ドルテン先生」
「そうか」
椅子から牛のように立ち上がったのは、年老いた大男である。三白眼をぎょろつかせながら、ドルテン先生―― 私の恩人であり、師でもある人―― が答えた。
「ファノとリマナナは次に進みたいらしいです。けどミハンがついてこれなさそうだったから、二人には宿題で先に進んでもらうことにしました」
「構わん」
ぶっきらぼうな態度だが、そういう風に見えるだけで本当に怒っているわけではない。多分。
人間嫌いで有名なドルテン先生は、こう見えてご近所ではすこぶる評判が良い。つまり、本当は良い人なのだ。ただ身体が大きいのと強面なのとで誤解されることが多いらしく、私自身も最初の頃は恐ろしくて仕方がなかった。
この島に流れ着き、ドルテン先生のもとに居候しはじめてから、早くも半年が経った。
びしょ濡れの身体を引きずって歩きまわっていたところを拾ってもらったのだ。外出していた先生と、港の入口で偶然出会わなかったならば、今頃どうなっていたか分からない。なにせ、この島はあまり豊かな場所ではなく、外から来た者に対しても友好的とは言いがたいから。
不幸中の幸いは、ここの主言語が英語だったことである。向こうで使われていたものと違う部分もあるが、一応は今に至るまでコミュニケーションで困ったことはない。
他に感謝していることがあるとすれば、メガネやコンタクトがなくても生活できるぐらいには視力が悪くなかったことだろうか。言葉は通じず、目も見えず、という状態だったら、もう手の打ちようがなかった。
こうして不自由することなく生活できているのは、ひとえにドルテン先生のおかげである。彼の庇護の元にある私は、先生と同じく一目置かれた待遇を受けることができ、村八分を食らわずにすんだ。
村人からそれほどまでに慕われるドルテン先生とは一体何者なのだろうか、ということなのだが、“先生”という名前からも分かるように彼は学者である。本人は隠居老人を自称しているものの、部屋にこもって熱心にペンを動かしているのを見るかぎりそうは思えない。ただ何を研究しているのかは知らないし、聞いても教えてはくれない。
しかし、ドルテン先生がこの島の住人から歓待を受けているのは、その知識によってではなく、どちらかと言えば、見た目に違わぬ“力”による。
そう、ドルテン先生はものすごく、それはもうびっくりするぐらい喧嘩が強いのだ。
港街に出現するゴロツキたちもそれを良くわかっていて、先生には最上級の敬意を払っている。といっても、ドルテン先生は正当防衛を行っているに過ぎず、それを“喧嘩”などと言われようものなら烈火のごとく怒るに違いないが。
“力”“喧嘩”―― 向こうにいた時は考えもしなかった言葉が、次から次へと出てくる。私もずいぶんこちらに馴染んだものだ。
「子どもたちのことは君に一任している」
そう言ってドルテン先生は再びイスに腰掛けた。大きな身体を支えたために、木製の三本脚がきしんだ音を立てた。
先生は余計な干渉をしない。私を助けた時も、ただ「行くところがないなら居てもいい」と言っただけで、私の正体にも事情にも触れようとはしなかった。働かざる者食うべからず、等々の小言をこぼすこともなく、単なる居候として許容してくれている。
そういう人なので、私が子どもたちに読み書きを教えるようになったのも、先生に言われたからではなく、私自身の希望による。
1ヶ月ほど経って、ようやく自分がどこか知らない世界に流れ着いてしまったと認められるようになった頃、ドルテン先生が子どもたち相手に学校のようなことをやっているのを知った。じきに教えているのが簡単な英語の読み書きだということを聞いて、それなら私にでも教えられる、やらせてほしいと頼み込んだ。私にできそうなことと言えば、それくらいしかなかったのだ。
タダ飯食らいのお荷物生活から脱却したいという一念ではじめたことだったが、子どもたちと交流するうちに疎外感はしだいに薄らいでいった。今では子供たちの顔を見るのが何よりの楽しみとなっている。
もしかすると、彼はそうなることを初めから予想して子供たちの世話を任せたくれたのかもしれない。
私の報告を一通り聞き終えたドルテン先生は、
「ふぬ」
と、トレードマークのマフラーを厳重に締め直して、読書に戻った。本の背表紙に、遮光カーテンの隙間から漏れた光がちらちらと当たっている。
もう少しすれば日が傾きはじめるだろう。
洗濯物を取り入れないといけない。
先生の集中を乱さないように、私はそっと部屋を出た。
島の名はアンタナ・リボナ。
バオーブと呼ばれる奇樹が至るところに生育しており、住人たちはその傘の下で農業や手工業を営む。南北に細長いこの島はこちらの分類では「夏島」にあたるらしいが、海流の関係で雨量は少なく、常に乾燥した風が吹いている。土の質が良くないせいで、育つ植物の種類も限られており、果物やその他の食べ物は近隣の島から調達するのが主である。環境も気候も、日本人がイメージする南国のリゾートとは程遠い。
年中からっと晴れた北部に対して、島の南部は雨季の訪れとともに湿地と化すため、住民のほとんどは北部に住む。
バオーブ林の隙間を縫うように、ぽつぽつと五つの村が並び、私と先生が身を寄せるのはそのうちの最西端の村である。明るくて気さくな島民が多いが、外部の者をひどく警戒する気質も持ちあわせており、特別なことがないかぎり外海に興味を示さない。
とはいっても、他の島との物資のやりとりは必要なので、南端部には港とそれに付随する小さな街がある。その周辺は人が集まる分、北部に比べればスリや詐欺などが多いので注意しなければならない、とドルテン先生は言った。極稀に海賊が寄港することもあるそうだ。
以上が私の知るアンタナ・リボナのすべてで、同時に世界のすべてでもあった。
もともと寡黙な質のドルテン先生だが、外の世界についてはことさら口が重かった。
私が先生に学んだことは主に、この島で生きていくための知識である。お金の数え方、市場や泉の場所、行ってはいけない場所、出歩いてはいけない時間など。島の外に関しては、“世界政府”という組織があって、その海軍が海賊を取り締まっていることぐらいしか教わっていない。
パソコンはもちろん、テレビもなく(もしかすると存在していない可能性すらある)、人嫌いで世間嫌いの先生だから電話も新聞もなく、また理由は不明だが、彼の部屋にある膨大な書物も一部を除いて勝手に読むことは許されていなかった。
しかし、何からも学ばずとも、はっきりと理解していることがひとつだけあった。
私は異邦人である。
この小島においてのみならず、あらゆる国と地域において。この世界において。
流れ着いてすぐ、砂浜から海を眺めた瞬間に悟った。人間の力で行ける範囲に私の故郷は存在しない。
何を理由にそう確信したのかは今となっては良く分からない。ただ言いようのない異様な違和感にぞっとしたことだけは覚えている。
なぜここに来てしまったのか。他に同じような人はいるのか。帰る方法はあるのか。
それらの回答を手に入れる術をもたないまま、私は今日もこの閉ざされた場所で、食べ、眠り、生きている。