目の前には海兵が十人。
「あれは見張りかな?あ、いや、別に海軍に見つかったって問題ないんだけどね」
「他の連中は商店街の方へ展開したみたいねい。裏道を通って正解だったわ。あ、いや、あちしだって海兵に見つかっても問題ナッスィング!」
並べられたドラム缶の後ろで、私たちはこそこそと囁きを交わした。
17 スワン・ハート(Ⅲ)
海軍と遭わずに港の入り口へ辿り着いたのはいいが、少々不味い状況に陥っていた。
ポーンショップ行きの船は、港の一番端に停泊しているため、構造上、そこへ行くにはどうしても海兵の前を通らなくてはならないのだ。
「やましいことなんてないのよう。でも、ボンちゃん有名人だから、サインとか求められても困るし、ちょっとおめかししとくわァ」
ボンちゃんはそう言って、ゴソゴソと顔を手で覆った。一瞬の後、隣に立っていたのはフェロモン系のブロンド美女だった。
「こんなもんかしらね」
「声まで変えられるの!?」
「もちろん。私はパーフェクトにマネすることに命をかけてるのよ」
ボンちゃんはうっとりするようなハスキーボイスで答えた。衣装が白鳥の湖でなければ、このままハリウッド女優になれそうだ。
こんなに完璧な女性に変身できるのに、なんで普段はあんな感じなんだろう。オカマの美学は奥が深い。
「コソコソすると余計に目立つわ。堂々と歩いていくわよ。そうね、私のことはボニーと呼んで」
「じゃあ、私はクライドで。クラ子と呼んで」
咄嗟に合いの手を入れてしまってから、映画の結末を思い出した。俺たちに明日はないのは困る。
が、訂正する余裕はない。帽子を深くかぶり直して、ボンちゃんの後に続いた。
さも“今来ましたよ”という風に歩いて行くと、海兵がこちらに気付いた。
「ボニー、お腹が空いてきたね。そろそろ夜食の時間かな」
「またそれ?食べてばっかりじゃ太るわよ」
突然現れた二人組に探るような視線を送っていた海兵たちだったが、非力そうな女の旅人だと分かると、互いに目配せをして警戒を解いた。
「そこのお二人。ただいま凶悪犯の取り締まり中でして、深夜の外出はお控え願います」
「あらァ、そうなの?こわーい。じゃあ、予定より早いけど、船に乗っちゃう?」
「わざわざ見送りに来てくれてありがとう。ここから先は一人で行けるから、気を付けて帰ってね」
「もうお別れだなんて寂しいわね。また遊びに来るのよ」
「もちろん。ボニーも元気でね」
ボニーの姿をしたボンちゃんに手を振る。誰から見ても自然な別れのシーンだった。実際にその通りなのだから、よそ者が見破れるはずもない。
だから、腕を掴まれた時は、心臓が飛び出るかと思った。
「この島から出るのは、あなた一人なんですね、Miss?」
「ええ」
「偶然だとは思うのですが―― 我々が探している凶悪犯も、一人旅を装った女でして」
横腹に冷たい銃口が押し付けられる。頭の中が真っ白になった。
バレている。どうしよう。どうしよう。
焦りばかりが頭を支配して、顔を上げられずにいた時、背後で爆発音が聞こえた。
「一人旅のオンナァ?ちがーう!あちしはオンナとオトコを超越した孤高のオカマ、ボンちゃんよーう!適当なこと言ってんじゃねェわよ、このタコ!」
海兵を海の中へと蹴り飛ばし、ボンちゃんは変装をかなぐり捨てた。フェロモン美女の下から現れたのは、なんと私の顔だった。
残った海兵の間で動揺の声が上がる。
「ターゲットが二人!?」
「どっちが本物なんだ!?」
そう言ってざわつく海兵をいとも簡単になぎ倒し、私のところへひと飛びでやってきたボンちゃんは、私の耳元で囁いた。
「今の隙に逃げるのよん。ここはあちしが引きつけておくから」
「ボンちゃん!潜入捜査は!?」
「しぃ!ダチを放って逃げるなんて、あちしの美学に反するのよう」
「……追われてること、黙っててごめん」
「お互い様ねい。それにあんた、どうしても成し遂げたいことがあるんでしょ。こんなところでつまづいててどうするのよう!」
思わず、顔を上げる。
「だいたいあんたみたいな平和ボケが海兵に追われるなんて、それこそ何かの間違いよ。ここはボンちゃんに任せておゆきなさーい!こんな雑魚海兵、あちしの敵じゃないから大丈夫よ」
向かってきた海兵から隠すように、私を後ろに押し出して、ボンちゃんは荒れ狂う白鳥の舞を踊った。つま先の鳥たちが景気良くドリルくちばしを連発する。
海兵たちはより戦闘能力の高い方を本物だと認識したらしく、私を放ってボンちゃんの方へ駈け出していった。
私はその隙をついて、後ろを振り返ることなく、走って、走って、目的の船に滑りこんだ。
ワケあり商人ばかりを乗せた船だけに、海軍のドンパチに巻き込まれてはたまらないと思ったのだろう。私を最後の乗客として、船員が縄梯子を引き上げ、ポーンショップ島行きのボロ船は、予定時刻よりも早く“市場の島”を出港した。島の明かりがみるみる小さくなっていく。
「ごめん、ボンちゃん……ありがとう」
はるか後ろに遠ざかった港から、「またねい!」という声が聞こえた気がした。