「ん?おれがあの“猛獣使い”のモージだと知って、恐ろしくなってきたって?そうだろう、そうだろう。フハハハ!」

 モージと名乗った男は、腰に手を当てて一人で笑いはじめた。
 海賊に出会った一般人としては、ここでひとかどに震え上がっておくのが模範的リアクションなのだろうが、へそ出しスタイルのもこもこキグルミのせいでイマイチ乗り気になれなかった。

 なんだあれは。羊?
 “猛獣使い”の癖に羊のキグルミを着ているのか?

「そう怖がるなよ、嬢ちゃん。何も取って喰おうってんじゃない。獅子は無駄な狩りをしないのさ」

 男は再び、フハハハ!と笑った。

「で、なんだ。おれに用か?」
「ああ、そうでした。訊きたいことがあるんです。“猛獣使いのモージ”さんではなく、“骨董商人のジモー”さんの方に」

 ファンシーなキグルミのおかげで、緊張せずに話を持ち出せた。よく考えれば探していた当人が目の前にいるのである。登場シーンに気をとられて機会は逸したものの、今からでも諸手を上げて万歳三唱していいくらいにラッキーな状態だった。



chapter3 “DEAD OR ALIVE OR ESCAPED”

19 骨董商人(Ⅱ)



 さっき質屋にしたのと同じ内容を伝えると、モージは「ふむ」とアゴを触った。

「白い宝石箱ねえ。確かに売った記憶があるな」
「元は誰の物だったのか、とか、誰が作ったのか、とか。ご存知ありませんか?」
「誰が作ったのかだと!?」

 モージは突然、鼻息荒く声を上げた。

「聞いちまったな?聞いてはいけないことを聞いちまったな!?お前は今の言葉を一生後悔することになるだろうぜ。あれを作ったのは、そりゃあもうとんでもねェお人さ!」
「とんでもない人!?」
「ああ!幾多の海を乗り越えた、恐怖の大海賊!その名も――

 答えを焦らされて、手に汗を握ってしまう。モージは歌舞伎役者が大見得を切るように叫んだ。

「“道化のバギー”船長だァ!」

 どなた?

 思わず出そうになった言葉を頑張ってそのまま飲み込んだ。ダメだダメだ。ここで機嫌を損ねるのは絶対にダメだ。

「ふふん、ビビっちまって言葉も出ないようだな。嬢ちゃんには刺激が強すぎたか?フハハハ!さすが我らのキャプテン・バギー!」
「その、バギーさんというのは――
「そうか、そうか!そんなに会いたいか。どうしてもというなら取り計らってやろう!なにせこのおれはバギー海賊団の副船長だからな」

 ほとんど喋っていないのに、勝手に話が進んでいく。あれよあれよといううちに、明日の夕方、もう一度モージと会うことに決まった。

「本当に会わせてもらえるんですか?」

 正直、話がうますぎる気もする。新手の詐欺にひっかかっているのではなかろうか。

「さてはお前、おれが本当に副船長なのか疑ってるな!?」
「いや、疑ってないです。というより、その部分は別にどうでも――
「けしからん!実にけしからん!こうなったら、何が何でもキャプテン・バギーに約束を取り付けてやる。それなら疑う余地もあるまい!」

 ビシィと人差し指をつきつけられる。不安な点はたくさんあるが、どうせこのままじゃ何も進展しない。イチかバチか乗ってみようと、首を縦に振った。

「いいか、明日の三時に西南の灯台下だ。絶対に遅刻するんじゃないぞ!」

 モージは早口でそう言うと、「キャプテェェン!」と叫びながら飛び出して行ってしまった。

 海賊というものは皆こんな感じなのだろうか。
 この世界の海賊は、カリブ海の方々とは少々テイストが違うようだ。生まれてはじめて海賊に会ったというのに、まるで気の抜けたコーラのような微妙な後味である。

「で、いつまでここに居座るつもりかね?」

 すっかり存在を忘れていた店主の、迷惑そうな声を背中に受けて、私はそそくさと質屋を後にした。

◇◇◇

 目隠しをされて、板の上から海へダイブ!

 そんな想像が頭をよぎるくらいにはアウェーな状態だった。四方八方から飛んでくる剣呑な視線が、全身にくまなく突き刺さる。学生時代、廊下にたむろするヤンキーの間をそうっと通り抜けた時と同じ気分だ。
 ただ今回の相手は、不良は不良でも、プロの不良だった。田舎のヤンキーはアウトローであることがファッションな、いわばアマチュアだが、こちらの方々はナイフ・ピストル標準装備の本職さんである。一歩間違えば、即座に刃傷沙汰になるに違いない。

 甲板の上で海賊たちに見つめられつづけた結果、タフネスにはそれほど自信のない私の胃はきりきり痛みを訴えはじめた。
 やっぱり、気軽について来るんじゃなかった。

 灯台の下で待ち合わせたモージが、私を案内した先は、島陰に停泊する大きな帆船だった。黒い海賊旗がはためいているのを見て、性懲りもなく好奇心を掻き立てられた私だったが、いざ海賊たちに取り囲まれてしまうと、そんなお気楽な気持ちはどこかへ飛んでいってしまった。

 そんな中、椅子にふんぞり返って、ギャラリーの中でも一際プレッシャーを放っていた人物がおもむろに口を開いた。

「テメエが、モージの言ってた女か?」
「はい」
「俺のことをハデにリスペクトしてるそうだが……カタギにしちゃァ、なかなかいい心がけじゃねェか」
「あ、いや、はい」
「アァ?聞こえねェぞ」
「してます!熱烈に尊敬してます!」
「ふん。いいだろう。で、俺に訊きたいことがあるって?」

 宝石箱のことを説明し、「知っていることがあれば教えてほしい」と頼むと、海賊の親玉はぽんと手を打った。

「あー、はいはい。そんなモンも作ったっけな。ところで、話のついでにコレ買わねェか?」

 ポケットから取り出したのは、文庫サイズの薄っぺらい本だった。

「なんですか?」
「見て分からねェか。本に決まってんだろ」
「……はあ」
「いいか、これができるまではそりゃァ、大変だった。紙は破くは、インクはこぼす、諦めようと思ったことも一度や二度じゃねェ。朝から晩までつきっきり、腕は疲れて目も霞む。バギーと子分はそれでもめげずに頑張って―― ってそんな話はどうでもいいだろうがァ!」

 凄まじくワンマンなノリツッコミをかましたバギーは、咳払いをして話に戻った。

「簡単に言うとだな、最近流行りの本をそっくりそのままコピーしてあンだよ。中身は男と女が恋だの愛だの言ってるしょーもねー話だが、なかなかどうして良く売れる。これがホントの海賊版、バギー書房謹製ってな。ギャハハハ!」

 ひとしきり笑った後、バギーは突然真顔になり、足元に本を投げ捨てた。

「おれが、こんな下らねェ商人ごっこに手を出してンのも、この島に留まってンのも全部、金が入り用だからだ。分かるか?この”おれ”ですら、だ。だからよォ――

 ダンッ、と音を立てて靴が床を蹴った。飛び散った木くずが頬に当たる。

「テメエ、タダで欲しいものを手に入れようなんざ、ちょいと虫が良すぎるんじゃねェのか。エエ?」

 低い声に押さえつけられて、息がつまりそうになった。
 でも、でも。これぐらいで怯んでどうする。どんな手を使ってでも、向こうに帰りたいんじゃなかったのか。
 怖気づく自分を叱咤し、顔を上げた。

「どうすれば教えてもらえますか?」

 その言葉を待っていたかのように、バギーはにやりと口の端を歪めた。

「肉体労働あるのみだァ」

◇◇◇

 腕が、手首がもう限界だった。
 これ以上、つづけたらどうにかなってしまう。

「手を休めるな」

 黒髪の男が、仕事をつづけるよう淡々と命令してくる。

「すみませんっ、でも、ちょっと休憩……」
「そんな暇はないぞ」

 そう言って、アシンメトリーな刈り上げ男、カバジは私の前にどさんと紙の束を置いた。

「ええっ、もうできたんですか!全部!?」
「当たり前だ」

 ひとつ片付けたと思ったら、一息つく間もなく、次の紙が渡される。バギーが肉体労働と言ったのもあながち間違いではなかった。

 回ってきた海賊版の原稿をチェックし、間違いがあれば訂正する。
 それが、情報を得るための対価として私に与えられた仕事だった。この世界の著作権事情は知らないが、犯罪の片棒を担いでいるのは間違いない。天国おばあちゃんになんと申し開きをしたら良いのか。

「死んで詫びるしかねェよ」

 隣で同じ作業をしているモージがため息をついた。

「明後日までに仕上げられなかったらな。次の出版に間に合わねェなんてことになってみろ、おれ達みんな船長にバラされるぞ」

 悲壮な顔をするモージ。おれ達、と言ったが、まさか私もその「バラされる」メンバーにカウントされているのだろうか。
 モージの前の原稿を倍の高さに増やしながら、カバジが言った。

「船長を除けば、この船でそこそこまともに読み書きができるのは俺とコイツだけでな。締め切り前はいつも地獄を見る。今回は三人だから少しはマシだが」
「昔からこんなことをやってる訳じゃないんですよね」
「ああ。船長がこういう商売で小金を稼ぎはじめたのはつい最近さ。どうしても手に入れなきゃならねェモンがあるって言ってな」
「……過去に、白い宝石箱を作った記憶ってありますか?」

 世間話に紛れて、少しだけ踏み込んでみた。

「もちろんだぜ!なんてたって、あの金文字は俺が書いたんだからな」

 横で聞いていモージが自分の胸を拳で叩いた。

「何か見本を見て書いた、とか?」
「まさか!あんなオリジナリティにあふれる素晴らしい作品は俺にしか作れねェよ」「あ、ああ。そうですか」
「おい、お前ら。いつまでも喋ってねェでさっさと仕事に戻れ」

 カバジがまた紙の束を積み上げたので、私は追及を諦めておとなしく仕事に戻ることにした。


error: