【缶けりのルール】

・円を書き、缶を中心に置く

・鬼は隠れた人間を探しだし、捕まえる

・捕まった人間は缶のそばで捕虜になる

・缶をふたたび蹴って円の外に出すことで、捕虜を自由にできる(ただし缶を蹴れるのはまだ捕まってない人間だけ)

・缶が蹴られて円の外に出ると、鬼は最優先で元の場所に戻さなければならない


【今回の追加ルール】

・フィールドは島全体

・悪魔の実の能力は禁止

・全員捕虜にできたら鬼の勝ち、全員逃げ切ったら鬼以外の勝ち

・負けた方は一週間、勝った方の言うことをきく



chapter7 SLEEPING BEAST

72 The game(Ⅱ)


「追いかけてこないな」

 あたりに人の気配はない。さきほどガサガサと草むらが鳴ったので飛びあがって逃げてきたのだが、タヌキか何かだったのだろう。

 額の汗をぬぐいつつ、林道の脇で息をついた。
 追いかけられるシチュエーションには慣れてきたが、体力的にはまだまだ足りていない。ほかの皆は開始そうそう姿を消した。全員の中でももっとも逃走距離が短いのはいうまでもなく私である。

 ここまでくれば大丈夫かな、と考えて、「いや大丈夫じゃない」と思いなおした。シャンクスは普段は飄々ととらえどころのない人物なのだが、実際のところ根っからの肉食系なので、獲物を追いかけるときは速度二倍、ワクワク無限大なのである。今ごろ舌なめずりをして獲物の選別をおこなっていることだろう。

 できるかぎりの早足で歩きながら、ため息をついた。
 いちばん先に捕まるのはやだなあ。

「負けたら何させられるんだろ」
「とりあえず裸で踊らされるんじゃねェの」
「セクハラパワハラというよりも、それはもはや一種の性犯罪――

 うわあ!という叫びは手のひらに消えた。立っていたのはウォーカーだった。

「でけェ声出すな。気づかれるだろうが」
「ごめん。船長はもう缶を見つけたのかな」
「たぶんな。派手に蹴りとばしたとはいえ、その気になればすぐにひろって戻ってこられる。そろそろ現れてもおかしくないぜ」

 周囲に気をやりながら、彼は声をひそめて言った。

「ところで、ウォーカーはどうしてこんなところに?」
「いちゃ悪いかよ」
「ウォーカーだったら、もっと遠くにだって逃げられたんじゃないかと思って」

 一瞬面食らったような顔になったウォーカーだったが、すぐにいつもの仏頂面に戻った。ふいと横を向く。

「なんだっていいだろ。俺のことより自分の心配してろ、ひ弱」
「このやろう」

 拳を握ると、彼はせせら笑うように眉毛を上げた。目と眉毛の間が二センチ近く空いている。本当にこのやろう。

「ま、いいけどね。それよりどこかに隠れたほうが良くないかな。ここにいるとすぐに見つかっちゃうよ」
「そうだな。俺も裸踊りはごめんだ」

◇◇◇

 ふたりで林道を歩いていく。木々の陰の中では夏島の熱気も私たちをそう悩ませはしなかった。自然の涼風が音もなく吹きとおっていく。

 ウォーカーはシャンクスほど喋らないし、シャンクスほどゆっくり歩いてもくれない。だが彼なりに私に合わせてくれているのはわかる。
 そういえばシャンクス以外のクルーとふたりだけで外にいるのははじめてだな、と隣の青年を見上げた。

 シャンクスほどではないにしろ、ウォーカーはかなり上背がある。少なくとも私より頭ふたつぶんくらいは。かといって、ひょろひょろに痩せているわけではなく、私の知る同年代の男性にくらべると、かなり鍛えられた身体つきだ。目つきは鋭いし常に眉間にしわが寄っているから、口が裂けても美青年とはいえないタイプなのだが、実際のところ自体はそう悪くないのだった。

 何を考えているのか、ウォーカーはずっと黙っていた。しばらくして前を見つめたまま、口を開いた。

イチル、お前どうなんだよ。実際のところ」
「何のこと?」
「……お頭のこと」

 シャンクスのこと?と言いかけて口を噤んだ。クルーの前ではあまり呼びすてにしたくない。

「どう、とは」
「知ってるか知らねェかわかんねェが、クルーはみんな、あんたがお頭の何なのか気になってんだよ。“イチルTOTO”まであるんだぜ」
「い、いつのまに。もの好きなブッキーもいるね」

 船に乗ってすぐはよく訊かれた質問だった。船になじむにつれほとんど話題にならなくなったが、いまだに気になっているクルーも多いのだろう。“客人”という言葉は便利に過ぎて真実を語らない。

「友達っていうのがいちばん近いかな」
「友達ィ?」

 さすがにぎょっとした顔をされる。

「いくらお頭がああいう性格でも、よくそんな」
「はじめて知りあったのはちゅうがくせ―― 十三歳くらいのときだよ。そのころは彼が有名な海賊だなんて全然知らなかったから」
「それにしたって、年齢がずいぶん違うんじゃねェか」
「ああ、うん。まあ、そうだね今のところ」
「昔も今も、友達なのか」

 独り言にも聞きまがう、ぎこちないつぶやきだった。尊敬する大海賊に対して「友達」という言葉をあてはめて使うのは気がひけたのだろうか。

 返事を待つ彼の表情には真剣味があって、それがふとこの前のシャンクスの顔を思い出させた。
 切れ長の眼、まっすぐに向けられる鋭い視線。意図の読めないそれに、喉がすこし乾いて、心臓が震えるような感じがしたのだ、あのとき。見慣れたはずの顔が、そうは見えなかった。

 私は唇を舐め、ゆっくりと丁寧に言葉をつむいだ。

「家族で、親友なんだ。昔からずっと。それだけは本当」

 一度口にしてしまえば、あとはそう難しくなかった。すらすらと言うべき内容が浮かんでくる。

「一緒に遊んだことはないから、向こうがどう思ってくれてたかはわからないけど。じつはね、長いことお互いにどんな顔かも知らなかったんだ。大人になったあとで、まさか会えるとは思ってなかった」

 言ってしまってから、ずいぶんと穴の多い返事をしてしまったと気づいた。だが、結局ウォーカーは含まれた矛盾について問いただしてこようとはせず「へェ」と応えただけだった。

「さて質問には答えたよ。これで“私TOTO”には勝てそうかな?」

 ところが返事のかわりに返ってきたのはShitという鋭く短い歯擦音だった。

イチル、静かに。すぐ近くに――
「それならもうすこし前から静かにしとくんだったな」

 岩の上に降りたった影があった。その顔を確認するより先に私たちは脱兎のごとくその場から駆けだした。うわさをすれば影。だが、そう遠くへ逃げないうちに鬼が行く手に立ちはだかった。

「ふたりして逃げるなよ。さみしいだろ」

 手をのばして捕まえようとするシャンクス。ウォーカーにかばわれたおかげで、かろうじて魔手から逃れることができた。

「逃げろイチル。ここは俺が何とかする!」
「でも!」
「つべこべ言うな。この人を相手にして、お前をかばえるほどの余裕はねェ」
「ほう、かっこいいなウォーカー。だが本当に止められるつもりでいるのか?」

 シャンクスはいかにも悪そうな顔で笑った。さすが本職だけあって、隙のない悪役っぷりである。一方、ウォーカーはひるむことなく声を張りあげた。

「できねェからこそやる、それが海賊だァ!うおおお!」

 レベルカンストのラスボスに向かっていく無課金勇者ウォーカー。ちなみに上記のセリフの出典は『古き海の冒険』の登場人物、主人公の名付け親シスコである。彼は見かけによらず、文学青年だった。
 「行け!」との怒声に私は後ろ髪をひかれつつも走りだした。

 じきに背後から「ああああ」と尾を引く悲鳴が聞こえてきた。私は走りながら心中で尊い犠牲に手を合わせた。すまぬ。

 しばらく走ったあと、鬼が後を追ってきていないことに気づき、立ちどまった。
 私を捕まえる気ならとっくの昔に追いついてきているはずだ。もしかすると私を追いかけることよりもウォーカーを陣地に連れていくことを優先したのかもしれない。
 これは鬼ごっこではなく缶けり、缶のそばを長く離れればせっかく捕まえた獲物に逃げられてしまう。

「陣を長くあけられないということは、つまり」

 ウォーカー以外にもすでに捕虜がいるということだ。鬼はひとり、逃げる側は十人以上。ウォーカーを置いたらシャンクスはすぐにふたたび獲物さがしのために出ていくに違いない。

「ちゃーんす」

 囚われた仲間を救出するため、私はまわり道をしながら慎重にスタート地点へ戻りはじめた。

 缶のある場所に戻ると、予想のとおりすでに何人かのクルーが捕まっていた。ウォーカーにくわえて、ハルゼーとエヴァンズ、フライもいる。シャンクスは不在のようだった。

「みんな、生きてる?」
イチル!」

 フライが真っ先に顔を上げた。彼はちらりとあたりを見まわしたあと、小さな声で「無事だったんだな」とつけ足した。

「ウォーカーのおかげでね。鬼が出ていってどれくらい?」
「五分ほどだな。俺が捕まったのはついさっきだけど、話を聞いた感じだいたい十分に一回くらい戻ってきてるみたいだ」
「あんまり時間がないね。はやく逃げないと。よし、私が缶を蹴るから逃げる準備を――

 と言いかけて、私は“缶”の実態を思い出した。円の中心にドン、とたたずむ四十四ガロンオープンドラム。どうやって蹴りとばせと。

「私の知ってる缶けりと違うんだった。誰かほかに生きてる人がいるといいんだけど」

 どれくらいの重さがあるのかと手を当てて揺らそうとしたとき、悲鳴があがった。

「ダメダああああ!」
「やめろおおおお!それに触れるなああああ」
「ああああああ!」

 半狂乱になって叫びだす捕虜たち。

「それに触れるなだめだゼッタイにダメダダメダダメダダダダ」
「ああああああばばば」

 唯一正気を保っているフライと顔を見あわせた。

「壊れてるね」
「ああ、完全にな」

 何があったのかと問いただすと、捕虜たちはガタガタと震えながら言った。

「キョウフ、ニ、ヨル、シハイ」
「オカシラ、サカラウ、ダメ、ゼッタイ」
「パルピポ」

 ちなみに最後のはウォーカーである。もはや人語すら失っている。

「ど、どうしたの彼ら」
「わからない。俺が捕まったのはウォーカーのあとなんだけど、来たときにはすでにこんな感じだった」

 目を虚ろに見ひらき、パルピポ、と繰りかえすウォーカー。私たちがいないあいだにいったい何があったというのか。何かとてもおそろしいことが起こったらしいということだけはわかるが。

「いや、だとしても裸に剥かれたくはない!私はやるぞ!」
「俺もだ、援護する」
「パルピポ」
「ダンピアもまだ捕まってないんだ。あいつ気配を消すのだけは一線級だからな。足もはやいし、かなり遠くまで逃げたと思う」
「よし鬼がダンピアたちに気を取られてる今がチャンスだね。最初とは反対方向に逃げよう」
「パルピポ」
「ごめんね、パルピポはちょっとしずかにしてて」

 フライがドラム缶を指さした。

「円から出さえすればいいんだろ? 蹴れなくてもいい、とりあえず倒して転がせ。自由になったあとで俺が遠くまで飛ばす」
「わかった。あ、ちょっと待ってその前に 」

 近くにあったものを使って、念のために簡単な細工をしておく。
 これでよし、と。

「俺はこいつらが騒がないように押さえとく。一、二の三、でやるぞ」

 ウォーカーの口を塞いだフライがカウントをはじめた。
 一、二の。
 しかし「三」の声は聞こえなかった。数を数えていたはずのフライは気づけば地面に昏倒していた。

「いけねェなァ、フライ。逃げるなよって言っただろ」

 そんな声とともに、何か質量のあるものがどさどさと円の内側に投げこまれた。すべて気絶したクルーの身体だった。なかにはダンピアの姿もある。

「これで全員始末、いや、ひとり残ってるか」

 明るい口調で不穏なことを口ばしり、シャンクスは私を見おろした。
 やばい。

「さて。逃げるか、降参するか。結果はどっちも同じだが」

 缶から引き離されるように、一歩一歩追いつめられていく。木の裏にまわりこんだ私は、幹ごしに男を見上げた。

「お、お頭さん。話しあいで解決しませんか」
「いいぜ。つまり今ここでやるか、あとでやるかって話だよな」

 何を!?

「大丈夫だ、慣れればすぐによくなる」

 だから何が!

 じりじりと近づいてくるシャンクス。私は今しかない、と天を指さしてさけんだ。

「あっ、あそこにブロンドのムチムチ美女が!」
「うーん、今は別にいい」
「あっ、向こうにグラマー人魚が!」
「気分じゃねェなァ」
「あっ、そこに寸胴のドラム缶が」

 私はにやりと笑った。
 何かを察したシャンクスがドラム缶のある方向に振りかえった瞬間、私は草陰に隠していたロープを力いっぱい引っぱった。ロープの先に結びつけられていたドラム缶がごろんと倒れる。
 シャンクスがくる前、フライと一緒に細工をしておいたのだ。念のため、というやつである。

 円の外に転がったドラム缶のもとにシャンクスが駆けよろうとしたそのとき、カアン、とにぶい音がした。スタート時ほどではないが、それなりのはやさでかっ飛んでいくドラム缶。
 缶が倒れると同時に捕虜から脱していたウォーカーは、シュートを決めたポーズのまま雄たけびをあげた。

「パルピポー!」
「よくやったパルピポッ!」

 ピポ、と胸をはるウォーカー。人語はまだ取りもどせていないようだ。

「よし、今のうちに全員逃走!」

 ところがその瞬間だった。何か風のような空気のような、よくわからないものが息をのむようないきおいで身体を通過していった。おもわず目を閉じる。
 次に開いたときには私以外の全員が地面に倒れ伏していた。
 クルーのひとりがピクピクしながら言う。

「お頭、覇気は反則、だぜ……」
「しかもイチルにだけは当てないとか……無駄に、器用かよ」
「ほい、捕獲」

 ぽかんとしているうちに、シャンクスに担ぎあげられた。抵抗するもまるでむなしく、そのままドラム缶をひろいにいった彼は、あっさりとそれを発見した。私とドラム缶両方を抱えようにも片手しかないので、帰り道はドラム缶に詰められてのおもちかえりである。
 悠々と行って戻ってきても、みんなさっきの状態のままだった。

「さっきのやつ、何ていうんだっけ」
「覇気」
「反則じゃないかと思うんだけど」
「能力じゃねェもん」

 彼は年甲斐もなく頬を膨らませた。

「さっきエヴァンズたちが異様におびえてたんだけど、もしかして同じ目に遭わせたの?」
「まさか。もうすこし大人なやり方で教えてやっただけさ。とくにウォーカーにはな」

 何を、とたずねるのはやめた。世の中知らないほうがいいこともある。

「キョウフ、ニ、ヨル、シハイ」

 横たわったエヴァンズがうなされたようにつぶやき、意識を手放した。


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