薬研が去って、ひとり部屋に残された私。
「手入れがうまいかあ……ありがたいような、複雑なような…」
 手入れ道具をかたづけながら、独り言を言う。
 上手くなった理由が理由だけに、深く突っ込まれなくて正直ほっとした。しようもない理由なのだが、だからこそ恥ずかしい。
 薬研に限らず、人に知られるのは避けたいものだ。
 そんなことを思いながらふわふわと記憶をたどる。



パンツの定義

彼女の場合(後)


 私の家は代々術者の家系である。
 代々、といってもかの有名な安倍氏や賀茂氏といった大御所とはほぼ無縁なマイナー一族だ。
 そしてこの話し出しも二度目である。引き出しが少なくてすまない。
 私の一族はみな、自らの魂に形を取らせる能力を持っている。物の魂を具現化する審神者の技とは似てはいるが微妙に違う。でもまあ根本は一緒だ。道具だったり、乗り物だったり、武器だったり、自分の魂を象ったそれらの物を商売道具に日々収入を得ている。
 ちなみに父の具現は10トントラック、母の具現は万年筆なので、我が家は父の運送業と母の内職で支えられている。それ、能力使わなくてもいいんじゃないか、とツッコミたくなる気持ちはわかるが、これでも親戚内ではかなりましな方なのだ。三歳年上のイケメンのいとこなんて漬物石だ。これが俗に言うギャップ萌えというやつだろうか。全然萌えない。
 さて、私も例にもれず、中学生ぐらいの時に能力を発現した。が、なんと、刀だった。
 刀剣男士、というのを聞いても分かるように古来、刀の性は男である。女が刀を発現する例は非常に珍しい。過去に刀を発現した女性も皆、心までマッチョなお姉さまだったらしい。アームストロング将軍とかインテグラ様みたいな。そもそも、漫画とは違って刀剣自体がありそうに見えて意外と少ないタイプなのだ。
 その2つが重なり、発現後しばらくは親戚内でちょっとした話題になった。
 だが、当然のことながら、構え方すらさっぱり分からない刀など平々凡々な中学生には文字通り無用の長物である。加えて私のものは装飾もない無骨な太刀だった。とりあえず何にでも「かわいい」と叫んでおけば会話になったあの頃。私にとっては、見るだけでテンションの下がる一品と成り果てていた。
 というわけで発現後もかなり長い間放ったらかしにしていたのである。

 時の政府に目を付けられたのは高校生の時だ。彼らは人手不足から戦えそうな能力者を片っ端からかき集めていた。その頃はまだ、審神者が刀剣男士を使役する白刃隊が存在しなかった。人間自身が武器を振り回して戦っており、私が放り込まれたのもそのような政府直属の鎮圧部隊だった。
 間抜けな見た目に反して意外にも運動神経の悪くない私は、それ以降男ばかりの鎮圧部隊でしごかれ、そこそこ頑張れるようになった。
 引退したのは怪我がきっかけだ。仕事がなくなってどうしようかと思っていた矢先、ちょうど審神者システムが導入されたのである。
 そして結論として私はそちらに転職した。というよりさせられた。「自分の魂を具現化できるなら、物の魂もなんとかなるんじゃないか」ってなんだそれは。
 具現が刀であったことが幸いしてか、鬼のような訓練の末、なんとか刀剣だけなら人の形を取らせられている。
 それでだ。以前にも言った気がするが、私と具現化した刀は微妙にリンクしている。人の手前、「微妙」だなんて言葉を使ったが、本当はそれどころではない。実際のところ、むちゃくちゃ繋がっている。メガネが身体の一部だという人がいるが、間違いなくシンクロ率はこちらの方が上だ。
 お前らはうっかりメガネを落としてしまった時に、ハゲるような痛みに襲われたことがあるか。人にメガネを触られて、お尻を撫でられたような気持ちになったことがあるのか!
 その程度で、一心同体などとのたまうはやめていただきたい。
 ひとつ分かりやすい例を紹介しよう。昔、父親のトラックが事故を起こしたことがある。事故というか駐車場で当てられたのだが、結構激しくぶつけられて、前の方が大きく削れてへこんだ。その時幸い、父親は運転席を離れていたので、被害にあったのは車だけですんだ。
 と、普通ならこうだろう。ところがうちの場合、降りてサービスエリアでコーヒーを啜っていた父親は事故と同時に昏倒、吐血し、緊急入院の憂き目にあった。
 もちろん自動車保険しか下りなかった。当てられ損である。
 しかもトラックの前面が削れたことで、頭の天辺に大ハゲができた。そういうお年頃の父親は入院よりもそちらの方にダメージを受けていたようだ。当てた方も、まさか自分が人ひとりの大切な毛根を、文字通り「根こそぎ」こそげ取ったとは思っていないだろう。
 こういったおそろしい事例もあるため、私たちは普段は極力リンクを押さえている。だが、ゼロにすることはできない。
 今はもう使うこともないので安心だが、昔は可能なら刃先に何か巻きつけておきたいぐらいだった。敵と打ち合った結果、十代で総カツラとかきつすぎる。心が折れる。そしたら刀も折れるだろうが。
 要するに私の「心」「身体」「具現化した刀」の三つはお互いに密接に影響し合っている。そんなので実際に使えるのか、ということだが、これについては問題ない。本来の用途通りに使えば、なかなか気分の良いものだ。
 そして、もちろん手入れも同じである。
 戦闘で初めて刀を損傷した時に、やり方が分からなくて手入れ師を紹介してもらった。
 そしたら、それはそれはもう、めっちゃ気持ちよかった。
 なんとも言えない感覚。全身マッサージされながら、温泉に入るよりもやばい。はるかにやばい。とろける。けど、その熟練した手入れ師はおじさんだった。どんなに上手くても、私の全身(もちろん刀の方)をくまなく撫で回しているのは紛うことなきおじさんなのである。
 おじさんに罪はない。
 だが途中からいかがわしいことに手を染めたような気分になり、くったりとし始めた身体に鞭打って誘惑から逃げ出した。
 それ以降、今に至るまで他人の手入れを受けたことはない。自分の感覚を頼りに必死に独学で研究した。
 私の手入れ道具はこだわりぬいた一級品ばかりである。服屋のセールよりも武道具店の割引きに詳しい女子高生なんて嫌だ。ショーケースに張り付いて血走った目で財布の中身と値札を見比べている私に、店員さんが怯えていたのも分かる。
 そうして磨いたこの無駄技術。どこに使うんだと引退した時は思っていたのだが。
「それが意外と喜ばれてるんだよなあ……」
 驚くべきことに、私と具現化した刀の関係は、ほぼそのまま刀剣男士と刀の関係にあてはまっていた。もちろん本体は逆だが。私は人間、彼らは刀。
 薬研には無い胸を張っておいたものの、やはり複雑だった。
 どこをどうやったら綺麗になるか、もっと言えばどうやったらより気持ちよく手入れできるか、自分の身体(刀)で試しました、なんて恥ずかし過ぎて言えない。
 立派な痴女である。ドンびきされるに決まっている。
「そういえば、前に鯰尾と骨喰もそんなこと言ってたような」
 以前、鯰尾の鍔の不調を言い当てたことがあり、やたらと感心されたことがある。しかし何のことはない。私にとっては
  つば=パンツ
 でなのである。
 激しく外部に露出してはいるが、私の感覚で言えばそうとしか言えない。あの時私には、鯰尾が目の前でパンツのタグをはみ出させて、べろんべろんさせているように見えた。そりゃ気持ち悪いでしょ。むずむずするでしょ。むしろあんなんで良く耐えられたな鯰尾藤四郎。
 となると、鞘が上着で柄がズボンというのもしっくりくるだろう。それが分かってから、時代劇の殺陣が全然かっこ良く見えなくなった。世の中の刀はみんなパンツ丸出しの上半身裸ん坊である。どこがかっこいいと言うのか。よくもNHKに出られたものだ。
 少なくとも私は、初めは人前で抜刀するのも恥ずかしかった。もちろん実際に肉体の着衣がどうこうなる訳ではない。気持ちの問題だ。影分身の一体が服を脱いだら、本体も脱げるというのか。そんなことはあるまい。
 刀剣男士はともかく、私の場合、状態が反映されるのはあくまで刀身だけだ。最初から付いてた拵えはサービスでついてきたおまけの初期装備みたいなもんである。
 始めたばかりの無課金ユーザーだってすっぽんぽんでうろうろしてないんだから、これぐらい当然だ。
―― そうそう、影分身の話だった。つまり、一人でも脱いだら本人にとっては一緒である。
 しかし、使っていくうちに上半身もろ出しの見せパンという公開処刑にも慣れた。まあ誰にもわかんないし。慣れって怖いね。
 ちなみに、私のこの感覚でいくと、みんな大好きヒテンミツルギスタイル十三代目当主の鍔なし白鞘刀は、パジャマが普段着のノーパン派ということになる。かっこ良く不二の攻撃を受け止めたあの時も、彼はやはりノーパンパジャマだったのだ。それぐらいアウトローでないとあの人のお供なんで務まらないんだろうが。
 刀剣は男しかいないから、あんまりそんなこと考えないんだろうな。
 そもそも人間というベースがある私とは違って、そういう感覚自体がないに違いない。そうでないと、鞘も柄もない状態で博物館でどや顔なんてできないはずだ。
 この気持ち、誰かわかってくれる相手はいないんだろうか。
 鍔はパンツだよねー。分かる分かるー。どこのブランド買ってるー?あたし尾張屋ー。みたいな女子トーク。
 けど私以外の刀剣女子なんて、居たとしてもどうせアームストロング将軍とかインテグラ様とかバラライカ姐貴みたいなのばっかりに決まっている。それはもはや軍事会談でしかない。

◇◇◇

 翌朝。私は二日続けての晴天に、うむうむと満足しながら自室の縁側に座っていた。掃除は終わらせたし、今のところやることはない。暇だ。
 時間がもったいないし、敵の情報でもまとめていようか。こちらに来る時、そういった関係の本やら資料はわんさかもらってある。
「大将。ちょっといいか」
 現れたのは薬研藤四郎だ。皆の兄貴兼、駄目審神者製造委員会理事。
「何かあった?」
 また鶴丸国永がいらんどっきりでもしかけたか。それとも。こういう時の代表パターンが次々に浮かぶ。
「いや昨日の今日で悪いんだが、今朝からはばきの調子が悪くてよ。昨日はどうにもなかったんだが。手が空いてたら見ちゃくれねえか」
 薬研を座布団に座らせて、自分は受け取った刀とにらめっこする。
「ははーん。昨日、組み直した時にごみが挟まっちゃったんだな。手入れマスターを豪語したのに申し訳ない。私もまだまだだ」
「いやいや、大将には全く世話になり通しだ」
 さささと分解して、原因を取り除く。よし、こんなもんだろう。ところが、最後にもう一度チェックしようとして、普段は素手で扱わないなかごの一部をうっかり触ってしまった。すると。
「う」
 薬研が変な声を出した。同じ場所をもう一度触る。
「うう」
 また変な声を出た。
 ―― はは、これはまさか。
 面白くなって、今度はそおーっと撫ぜる。
「あっ……大将。終わったんなら、早くしまってくれ」
 何かを必死に耐える顔で、薬研が言う。
 やはり間違いない。にやりと笑って言う。
「ほほーう。なるほど、薬研くんはここなのか」
 薬研藤四郎はあからさまに「しまった」という顔をした。
 要するに、猫の喉元みたいなもんである。触るとゴロゴロにゃあにゃあ言うやつ。刀にもそれが存在することは確認済みである。自分で。動物とは違って、一人ひとり場所が違うし範囲も狭いが、当たればかなり効く。
 まさに私の無駄技術の使いどころである。
 撫でるのを続行する。
「いいかげんにしねえと……、ん……、そろそろ本気で怒るぜ……」
 そう言って取り返そうとするが、手に力が入っていないらしく、あえなく失敗する。涙目で睨まれた。
「ほれほーれ。痒いところはここですかー。マッサージいたしまーす」
 歯を食いしばって耐えている。諦めてさっさとにゃあにゃあ言えばいいものを。転げまわってもいいのよ。
 次で陥落させてやる。私は磨きに磨いた手入れテクニックを駆使し、王手をかけた。
「うう…」
 薬研が畳に倒れこむ。くったりして息を荒くしているが、さすが兄貴、まだ抵抗している。
 げへへ。かわいいやつめ。
 にやにやしていると、すごい目で睨みつけられた。
 さすがにふざけすぎたか。腕を掴んで助け起こそうとした時―― 「主―― !爪紅塗ってー!」
 加州清光が障子をすぱーんと開けて現れた。部屋の中には潤んだ目で荒い息をして畳にへたりこむ薬研藤四郎と、まさにその手掴んで接近している私。
 全者が停止した。
「不潔ううううううううう!」
 清光が叫び出した。早い、もう泣いている。早い。
 声を聞きつけて他の刀剣たちが何事だと集まってくる。見る間に部屋の前は、野次馬でいっぱいになった。遠巻きにざわざわしている
「あああああ、主が、主が薬研と抱き合ってええええ」
 清光の訴えで野次馬が一気に暴徒化するのが分かった。
「どういうことだ!貴様!やはりな、やはり写しなどその程度の」
「どうして……どうして俺じゃないんだ……」
「手に入れるだけで満足して、使いもしない……いつも通りですよ……やはり貴方も……」
「ああああああああ」「主様!」
 つい最近も見たぞこの光景。嫌な予感しかしない。あはは。とりあえず振り返って薬研に助けを求める。
「違、違うって!違う!ね、薬研」
 黙殺。
 ……ですよね。
 部屋に詰めかけた刀剣たちに日が暮れるまで尋問された私は、やっぱりそのまま石切丸お祓いルートへ一直線だった。私のサイコロはもう午しかでないようだ。下へ下へ真っ逆さまよ。

 しびれるのを通りすぎて、もはや足がついてるのかどうかも分からなくなってから解放された。
 刃物で遊ぶのはもう絶対やめよう。危ない。カッターナイフの説明書に書いてあったことは正しかった。さすがに書いた方もこんな遊び方は想定外だろうが。
 前回に引き続き、駄目審神者のレベル上げが捗って困る。一体どこを周回しているのか。カンストしてもこのループから抜けだせなかったらどうしよう。ちなみにさっき廊下で会った薬研は口を聞いてくれないどころか、目も合わせてくれなかった。
 彼が尋問中、一言も口をきかなかったせいで私はすっかり痴漢審神者にされてしまった。
「自業自得すぎる。つらい」
 今日ばかりは朝が来なければといいと思う。
 おやすみなさい。


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