薬研藤四郎は悩んでいた。



刃物類の取扱いついて

おもて面(二)


 光忠がさっき薬を持って部屋に行ったところ、伝染るからと言って入れてくれなかったらしい。賄いをしていた時はあんなにぴんぴんしていたのに。
「なんとも急な話だ」
 そもそも刀に風邪が伝染るなぞ、自分たちのことを熟知している彼女にしてはおかしな発言だ。
 なんとなく引っかかった薬研は自分の目で直接確かめてみることにしたのである。
 部屋の近くまで来た彼は、案の定、中から流れ出る空気によって異変を悟った。本当にかすかだが血の匂いがする。
 この程度では太刀である光忠が分からなかったのも無理はない。鼻の利く自分であればこそだろう。夜戦が得意なのは伊達ではないのだ。
「……だがなあ」
 血、それも流れたての、となると。
 下世話な勘ぐりが頭をよぎる。彼女は人間の女だ。今までこういう風に閉じこもったことはなかったけれども、そういうことなのかもしれない。そっとしておいた方がいいのだろうか。
「いや、やっぱり顔色くらいは見ておくか」
 この閉ざされた本丸せかい、自分たちが心配しなければ、いったい誰が心配するというのだ。
 嫌がるかもしれないが、大人の男を象った奴らに詰め寄られるよりは、自分の方がまだマシだろう。彼女はことあるごとに自分を子供扱いするのだから。
 外見は本体の形を模しているだけで、この心とはまた別物だ。
 だが薬研が目くじらを立てたことは一度もない。自分は主の持ち物であるから、主がそう思いたいのならそれでいい。それに小さいことは不便も多いが、こういう時は役にたつ。
 思い切って声をかけた。
「起こして悪ぃな、大将。俺だ。入ってもいいか?」
「……薬研? 来てくれたんだ。わざわざありがとうね。でも、うーん、伝染っちゃうからやっぱりごめん。せっかく来てくれたのに申し訳ない」
 少し間をおいて小さなで応えがあった。それはたどたどしい拒絶の意思だった。
「でも皆心配してるぜ。できたら顔色だけでも確認して帰りたいんだが」
「……ごめん。やっぱり伝染るといけないし……」
 頑な答えに少しだけ苛立つ。
 だから刀に風邪なんて伝染らないだろうが。心配するこっちの身にもなってくれ。
 しかし普段何かを拒むことの少ない主がここまで言うのだから、よほど入られたくない事情があるのだろう。彼女は確かにそそっかしいが、決して傲慢ではない。自分の状態は把握しているだろう。
 主の意に沿わぬことはしたくない。
 根負けしてため息をついた。
 自分はもう戻るが何かあればいつでも呼べ、と障子越しにそう言いおいておく。
 踵を返して戻ろうとしたその時、鋭敏な耳が部屋の中から押し殺されたうめき声を拾った。
 歩き出そうとしていた身体が固まった。押し込めていた不安が溢れだしてくる。
 くそ。
 勢いに任せて室内に飛び込んだ。
 血生臭い。
 部屋は外からは想像もつかないほどの濃厚な血臭に満ちていた。思わず顔をしかめた。
 少量の出血ではこうはならない。
 嗅ぎ慣れた匂い。斬り捨てた相手の、流れたばかりの血の匂い。
 部屋の奥にはこちらに背を向けて身動きひとつしない主。
 心臓がどくんと鳴った。


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