光の奔流にのみこまれる。
 しばらく経ってまぶたを開くと、あたりの景色は一変していた。目の前には一人の少女。
「うわあ、は、はじめて成功した!」
 側にいる狐に向かって彼女は感極まったように叫んだ。当の俺をほうっておいて「うれしい!」「本当に呼び出せたんだ!」と連呼している。
 どうやら新人らしい。年の頃は十七、八といったところか。
 一生懸命に呼び出したはじめての刀剣男士が自分だと思うと、なるほど悪い気はしなかった。
 ひとしきり興奮し終えた少女が語りかけてくる。
「ご、ごめんなさい、はじめての鍛刀ですっかり舞い上がってしまいました……私があなたの審神者です。これからよろしくお願いします」
「天下三名槍が一本。御手杵だ。斬ったり薙いだりできねえけど、刺すことだったら負けねえよ!」
 あらかじめ決めておいた台詞で格好をつける。
 待ちわびた第二の人生がいよいよ始まるのだ。
 これからの生活に心馳せながら、俺は新たな主を見つめ返した。


◇◇◇


一人目: 新人審神者

 File No.3 【新人審神者】
《ステータス》
 [体力]45
 [物理]32
 [精神]19
 [霊力]37
 [経験]0
 [人格]56    [合計値]189


「呼び出したのがこんな新人審神者で申し訳ないです」
「俺だってこういうのは初めてなんだ。こっちこそ一振り目が俺みたいな奴で申し訳ないよ。新人なら「いかにも」な日本刀の方が良かっただろ?それに同じ三名槍でも蜻蛉切の方が頼れそうだし……」
「はじめて来てくれた刀剣男士があなたで良かったと思っています」
 新人審神者は照れくさそうに小声で答えた。
 この仕事についたばかりで右も左も分からないのだ、と決まり悪げに語る彼女。元から謙虚で控えめな質なのだろう。丁寧な仕草には好感がもてる。時折行き過ぎておどおどした様子を見せたりもするが、それほど気にはならなかった。
 最初の審神者は後々も大切な存在になると聞いていた。だれが来るのかドキドキしていたのだが、彼女はアタリと見て間違いなさそうだ。
「これから一緒に頑張っていこうぜ、新人さん」


◇◇◇


「おかえりなさい!お待ちしていました」
「長いこと留守にして悪かったな。俺がいない間に変わったことはなかったか?」
 本丸に戻ると、いつもの声がやわらかく俺を出迎えた。
 疲れた心身が癒やされていく。
 新人審神者との生活がはじまって早二週間。
 努力家の彼女はこの短期間に審神者としての実力をぐんぐん伸ばしていた。手入れは上達したし、指示も的確になった。「新人」の名もそろそろ返上できそうだ、と子どもの成長を見守る親のような心持ちがする。
 ただ性格といえばいいのか癖といえばいいのか、ひとつだけ気になるところがあった。
「私みたいな新人がお留守を預かれるのかと不安でしたが、なんとか……」
「そうかそうか、苦労かけちまったな」
「すみません、私、いつまでたっても未熟者で。もっと頑張ります。ごめんなさい」
「すまねえのはこっちだ。あんたは何も悪くないんだから、そんなに謝るなよ」
 彼女はどこまでも自信のもてない審神者だった。
 どれだけ成長しても驕らない心のありようは美徳だが、実力相応には胸を張ればいいのに、とも思う。
 何かにつけて自らを卑下するのは見ていて悲しくなった。
 心配していないだろうか、不安がってはいないだろうか、と外に出ている間も気がかりで仕方がない。
 はじめての主はいつの間にか、守ってやりたい相手、人間くさく言うと「妹」のような存在として俺の心を占めるようになっていた。
「すみません、甘えてしまって。これでは審神者失格です……もっとしっかりしなくちゃ」
「大丈夫だ、今はどんと構えとけ。あんたならすぐに慣れるさ」
「あ……いえ、ありがとうございます。最初の刀があなたで良かった」
 何かを言いかけた彼女だったが、結局いつもと同じ言葉を口にする。
「じゃあまた出かけるけど、良い子でお留守番してろよ」
「ご武運を。いってらっしゃい」
 見送りの言葉は普段よりはっきりと確かな調子で響いた。少しは励ませたらしいことが分かって心が軽くなる。
 さあ、早く仕事を終わらせて戻ってこよう。そして温かい声に出迎えてもらうのだ。

 俺はすっかり自惚れていた。
 自分だって彼女と同じく「新人」であるということを決して忘れてはいけなかったのに。


◇◇◇


 本丸に帰ると、新人審神者は姿を消していた。
 思い当たる場所をすべて確認するが、どこにもいない。待てど暮らせど現れない。
 こんなこと、今までになかった。一体どうしたって言うんだ。戸惑いと不安が押し寄せてくる。その時、待ち人の代わりにきつねが一匹あらわれた。
「残念なお知らせがあります。彼女は審神者を辞めることになりました」
 すぐには言葉が出てこなかった。
「……なんでだ?」
「刀剣男士を率いるという重圧に耐えきれず、精神を病んでしまったのです」
「嘘だろ、そんな急に」
 言いかけて、口を閉ざす。前兆はあった。
 出陣の指示をくだすたび、少しずつ痩せていった身体。負傷の手入れをするたび、少しずつ濃くなっていった隈。
「まだ仕事に慣れていないだけ、新人なんて皆こんなものだから気にしないでって」
 彼女は口癖のように繰りかえしていた。
 それが俺たちに不安を与えまいとする精一杯の強がりだと、どうして見抜くことができなかったのか。「そんなもんなのか」なんて、よくもそんな楽観的なことが言えたものだ。
 ほんの少し一緒に過ごしただけで、何もかも分かったような気になっていた。人の心が単純なものでないことぐらい知っていたはずなのに。
「あんたならすぐに慣れるさ、か。未熟だったのは俺だ。俺があの子の心を折っちまったんだ」
「彼女がここに戻ることはもうありません。残念なことではありますが、ご心配なさらず。引き継ぎはすぐに行われます」
 はじめての主をうしなって崩れ落ちた俺に、こんのすけは淡々と告げた。


◇◇◇


 言葉通り、まもなく次の審神者が姿を見せた。
「なにィ、この本丸?レア太刀どころか大太刀すらないじゃない。最悪」
 豊かな巻き髪を見せつけるように現れたのは妙齢の女だった。目尻にまできっちりと化粧がほどこされている。素顔ならきっと美人なんだろう。
「この中じゃアンタが一番マシね。使えそうな奴を連れて、早く資材を集めてきて。さっさと鍛刀するわよ。今のままじゃやってられないわ」
 彼女は土足のまま畳に上がっていた。
 つい先日まで、少女が遠慮がちにちょこんと座っていた場所だった。いつの間にか用意されたイスに、足を組んで気だるげに腰かけている。
 新しい主は、いわゆるブラック審神者だった。


◇◇◇


二人目: ブラック審神者


 File No.4 【ブラック審神者】
《ステータス》
 [体力]44
 [物理]46
 [精神]20
 [霊力]58
 [経験]32
 [人格]16   [合計値]216


 遠征、出陣、出陣、出陣、遠征、遠征、出陣。
 刀装がはがれようが、疲労しようが、負傷しようが容赦なく進軍する。
 同じ戦場にばかり気が遠くなるほど出陣させられた。
「ここの古株として言わせてもらうが、いくらなんでも酷すぎる。負傷者にはすぐに手入れをして、疲労した者は休ませて――
「資材は集まった?まともに戦えないんだったらとりあえず遠征に行ってちょうだい。命令よ」
 上申はあっけなく叩きつぶされた。ブラック審神者は手入れをしたばかりの細い指先を満足気に眺めている。桜色の爪紅がてかりと光った。
 命令だと言われてしまえば、もうそれ以上、逆らう気にはなれなかった。
 どんな相手であろうとも、持ち主に尽くすのが武器の本分だ。少なくとも俺はこの時そう思っていた。
「文句あるわけ?」
「いや、……分かったよ」
「しっかり使ってやってるんだから、感謝して働きなさい」
 それに何を言ったところで彼女は俺の言葉には決して耳を傾けない。
 諦めた俺はすごすごと作業に戻った。


◇◇◇

 今なら分かる。
 主に尽くすということは、ただ命令に従うことばかりではないのだと。言葉が届かないのならその他の手段で間違いを正してやればいい。それが忠臣の役目だろう。
 この時、諦めなければ、もしかしたら未来は変わっていたのかもしれない。


error: