毎日、ブラック審神者は資材がカラになるまで鍛刀をつづけた。
「はあ、爺と狐はいつになったら出るのよ。絵馬なんて本当に効果がないわ。鍛刀はあきらめて、周回に力を入れた方がいいのかしら」
 言いながら新しい刀を片端から刀解する。生まれたばかりの彼らは産声も上げる間もなく、元の資材へと戻っていった。

 そんなある日。
「えっ、うそ!4時間!?うそ、本当なの?」
 呆然と立ち尽くした彼女は少し遅れて叫びはじめた。「ついにきた!やったあ!」普段の暴君ぶりはどこへやら、まるで幼い少女のようだった。
 隣の大倶利伽羅と目があった。お互いに疲弊しきっている。
 奴も同じ境遇で、こっちに来たのは俺のすぐ後だった。
「これでやっと解放されるな」
「ああ」
「肩も腰もそこらじゅう痛くてたまらねえよ」
「ああ」
 最初の頃に比べるとずいぶんと痩せた大倶利伽羅は、かすれた声で同意を示した。

 だが、ブラック本丸は甘くなかった。
「ああ、やっぱり素敵。今日の近侍はあなたね。演練にも出てちょうだい」
 ブラック審神者がうっとりと囁く。
 今日「の」ではなく、今日「も」だろう。
 心の中のつぶやきが聞こえたはずもないのだが、ブラック審神者はこちらに向かってさっそく金切り声をあげた。
「アンタたち、ぼんやりしてないで早く資材を集めてきなさい!コンプまであとは狐だけだって言ってるでしょうが!」
 地獄は続く。ブラック本丸も続く。
 本丸には嘆きが満ちていた。
 疲れ果てた刀剣男士があちこちに転がっている。
「こんなはずじゃなかった。第二の生っていうのはもっと……」
「言うな、御手杵。俺たちに主は選べん。ただ、耐え忍ぶのみ」
 やつれきったへし切長谷部にたしなめられる。黒い隈が痛々しく、傷だらけの人差し指は小さく震えていた。
 とうの昔にまともな思考はできなくなっていた。もうなんだっていい。
 ブラック審神者の指示に従い、黙々と作業をつづける。
 俺も、だれもかれもが限界だった。

 ある日、そんな倦みきった生活に一陣の風が舞いこんだ。
「あの!今日からここで研修させていただくことになりました!」
 元気にそう挨拶すると、小柄な少女はぴょこりと頭を下げた。


◇◇◇

三人目: 見習い審神者

 File No.7 【見習い審神者】
《ステータス》
 [体力]34
 [物理]23
 [精神]37
 [霊力]18
 [経験]0
 [人格]52    [合計値]164


「そんな話聞いてないわ。だれだか知らないけど、私の本丸に無断で入らないでちょうだい」
「え、行き違いがあったのかな。それなら申し訳ありません!こちらを御覧ください」
 ブラック審神者の突き刺すような口調にほんの一瞬たじろぐ様子をみせたものの、見習い審神者は逃げなかった。
 小さな手に書類があらわれる。
「研修許可証?なんでこんなものが私のところに下りているの」
「他の本丸はもう手いっぱいみたいで。なんとかお願いできないでしょうか」
「ふうん、悪いけど政府の指令だろうが嫌よ。見習いのお世話なんてごめんだわ」
「そこをなんとかお願いします。ご存知とは思いますが、今は研修を受けないと審神者にはなれないんです。どうか私をここに置いてください。掃除も炊事も頑張ります!決してお手は煩わせません」
 幼い見習いはめげなかった。
 かたくなに拒否し続けていたブラック審神者だったが、見習い審神者のしつこさに辟易したらしく、とうとう滞在を許した。
「勝手なことをしたら承知しないわよ」
「もちろんです!ありがとうございます」
 深く頭をさげる見習い審神者を一瞥して、ブラック審神者はふんと鼻を鳴らした。
「まあいいわ。見習いなんかにどうせ大したことはできないでしょうし」

◇◇◇

 本丸の片隅に住み着いた彼女は、宣言通り、これでもかというほど熱心に働いた。ほこりのたまった長い廊下をたったひとりで雑巾がけし、厠の掃除もすすんでやる。ブラック審神者の理不尽な指示にも文句ひとつ零さなかった。
「おはようございます!今日もいいお天気ですね!」
「おはよう。見習い審神者ちゃんこそ、早くから頑張るなあ。感心するよ」
「お邪魔している身分ですから、しっかり働かせていただきますよ!」
 顔をあわせれば、必ず元気に声をかけてくる。栗色の猫っ毛を揺らしながら、くるくると動き回る彼女は愛らしい小動物のようだった。
 見習い審神者は空いた時間をぬって、負傷者の手入れも行っていた。
 慣れない様子ではあるが、丁寧に傷をいやしていく。
「時間がかかってごめんなさい。もう終わりですから、あとすこしだけ我慢してくださいね」
「いやいや、やってくれるだけでもありがたいよ。これぐらいの怪我で手入れだなんていつぶりだろうな。軽傷ぐらいなら放っておくのが癖になっちゃってなあ。昔はこうじゃなかったんだが」
「刀剣というものは本来はとてもデリケートなものです。怪我をしたらすぐに治さないと。先輩にはまだまだ及びませんが、私でよければいつでもお手入れしますよ!」
 そんな彼女であったから、疲弊しきった俺たちの心の支えになるまで、そう時間はかからなかった。
「見習いちゃんが来てくれて本当に良かったよ。あのままじゃきっと僕らはダメになってしまっていた。彼女は天女みたいだね」
「光忠、テメエの表現は月並みな上に古くせえんだよ。あの子はもっとこう……」
 身振り手振りで説明する和泉守兼定を横目で見る。
 崩壊しかけた本丸にとって、見習い審神者は今やなくてはならない存在だった。

◇◇◇

「なんなのよ、あの子。調子に乗るのたいがいにしろっつうの」
 ブラック審神者は口汚く罵ってはぎちぎちと爪を噛んだ。桜色だった指先はいまや見る影もない。
 遠征の報告のため執務室を訪れたのだが、時を間違えたらしい。
「どうしてもって言うから置いてやったのに。私の城で好き勝手しやがって」
「ああ、嫌い嫌い嫌い。早く帰ればいいのに」
 爪紅とともに化けの皮が剥がれていくようだった。皆とっくの昔に気付いてはいたが。
 言葉を重ねるにつれ、彼女の怒りはどんどん熱を帯びていった。
「今すぐに、あの恩知らずを追い出して」
「お言葉だが、さすがにそれはどうかと思うぜ。政府の指令があるわけだし、そもそも彼女は献身的に尽くしてくれている。害なんてひとつもないだろ」
「ああ、そうね。うふふ、この際……」
 ブラック審神者は暗い瞳で独り言をつぶやいている。やはり俺の声は届かない。
「もし出て行かないのなら、殺したっていいわ。いえ、殺して。命令よ」
「な、滅多なことを言うな!確かに俺の主はあんただし、できるかぎり従おうと思ってるさ。俺は武器だからな。だがさすがにそれは聞けねえ!」
「大丈夫、殺したところで誰にも分かりゃしないわ。《刀》の扱いに失敗しました、とでも言っておけばいいんだもの。見習いには良くあることよ」
 黒い瞳はどろどろに濁りきっていた。おもわず身震いをする。これはまずい。
 執務室から飛び出して、見習い審神者のところへ急いだ。

 俺は戸惑う彼女をむりやり転移装置に押し込んだ。
「急にどうしたっていうんです!?私はまだ研修途中なんですよ!」
「今は黙って元の場所に帰るんだ。頼むから」
「事情を説明してくれないと――
「さっさと帰れって言ってるだろうが!あんたはもうここにはいらねえんだよ!」
 見習い審神者の声を遮って、大きな声で言い放つ。
 先輩と慕う相手に殺されようとしているだなんて、とてもじゃないが口に出来なかった。
 彼女は大きな目をさらに大きくした。すこし間をおいて、震える声が答える。
「そうだったの、ですね。分かりました」
 悲しそうな表情を見て、俺の胸は張り裂けそうだった。
「ただし、見習いは勤めに耐えきれず、勝手に帰ったと報告してください」
 聡い彼女には俺の大根芝居なんて通用しなかった。たった一言で全てを悟ってしまったのだ。
 自分に肩入れしたのがバレないように、後のことまで気を回して。彼女はこんな時でも他人の心配ばかりだった。
 研修を投げ出した見習いが再びその権利を得るには、並々ならぬ時間と努力が必要で、もしかしたら二度と審神者にはなれないかもしれない。そう言ったのはあんたじゃないか。
 こんな酷い助け方しかできない俺に、どうしてそんなに優しいんだよ。
「っ、分かったらさっさと……」
「憎まれっ子、世にはばかるというでしょ。追いだそうとしているあなたには悪いけれど、どんな手を使っても必ず帰ってきます。文句を言われないぐらい立派になって戻ってきてやりますとも!その時には最後まで研修させてもらいますよ。だからそんな顔をしないでください」
「またね」と叶うはずのない希望を口にして、見習い審神者はいつものように明るく笑った。


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